昨日夜に台湾に入った。野球、野球以外も含め、たくさん仕事を抱えたまま外国にいるので、結構切羽詰まっている。こういうときは「拡がっている議論をそのまま続ける」ことになりがちなのだ。
切り替えて、新しいネタに入るのが難しくなる。だから、また議論の続きである。またかあ、とか言わずにお付き合い願いたい。

野球には「公論」がなくて、サッカーにはあるという話をした。サッカーは「サッカー界はどうあるべきか」という議論が、いろんなレベルで成立する。それは野球サイドから見ればうらやましい限りだ。

野球界には、「今、ここでやっていることを守る」「続ける」という発想しかない。「この先どうするのか」「そのためにはどうあるべきか」「それに向けてなにをするのか」という議論が全くまきおこらない。「野球界」という主語で始まる議論がない。そして、自分たちの利権を超えて共有するものがない。

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サッカーにはそれがある。「未来はこうあるべきだ」「そのために、こうするべきだ」「いや、こうでなければならない」などなど、喧しいことだ。
それらの多くは、実に建設的で、素晴らしいものではあるが、中にはエスカレートしたものがある。
「サッカーはこうあるべきだ」から「こうでなければならない」「他のものは排除せよ」という方向に議論が盛り上がることがあるのだ。

このことはよく知らないので深入りしないでおくが、ここ数日の議論の中で、「野球がサッカーよりも大きく取り上げられるのはおかしい」という意見が散見されるが、そこには「サッカーはもっと大きく取り上げられるべきだ」という「べき論」が含まれているように思う。
また野球選手のプライベートを取り上げる番組に対する批判にも、「意味がない」「不快だ」「それよりもサッカーを」というものが散見される。

「野球が大きく扱われるのは陰謀だ」みたいなあほな理屈は置いておくとしても、サッカーが野球よりも大衆的人気がないこと、特に地上波テレビのコンテンツとしては野球よりも重要視されていないことを、サッカーファンは冷静に受け止めるべきだろう。

そこには理由がある。理由はここまでるる述べてきたが、歴史的背景であり、日本人のし好であり、放送局の成り立ちである。もっと大きく言えば、マーケティングである。
それが気に入らないのはわかるが、ここで「野球を大きく取り上げるのをやめてほしい」といくら言っても意味がない。
あなたとは違う感覚、嗜好の人がいて、あなたが大嫌いなものを好きであることは、どうしようもない。

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私は野球の応援が大嫌いだ。みんな一緒になって体を動かし、ろくに野球も見ないで大騒ぎするのは、野球ファンの風上にも置けない、と一時は思っていた。
しかし「野球界」という視点に立つとき、ここまで野球を楽しんでくれる人がいるのは、いいことだと思い直すことにした。
私が一緒になって「ホームラン、あべしんのすーけー」ということはないが、彼らの楽しみ方も受け止めよう、そう思っている。

サッカーファンにとって、テレビでの扱いが小さいことは腹が立つかもしれないが、それにいくらぶーぶー言っても仕方がない。

サッカーは、昔の野球のような形で人々にアプローチしていないのだ。
創設当初を除いて、新聞やテレビを使って、全国にプロ野球をシャワーのように降り注いだプロ野球のような展開は全くしていない。それはコストもかかるし、メディアの協力も得られない。
だからファンの人たちだけに、強いメッセージを送り、一緒に盛り上げようとしている。

それでいいと思うんだけどなあ。実際の話、地上波テレビでサッカーの情報を得ている人なんて、ほんまもんのサッカーファンの中にはいないでしょう。

読者各位のコメントで知ったが、Jリーグは地上波での露出を増やしたいそうだけど、今の民放各局のレベルを考えるとあまり効果的ではないように思う。そこに割くエネルギーは限定的であるべきだと思う。

野球はまだ地上波で取り上げられているけど、ずいぶん寂しくなった。
そのうえ、野球はメディアの関心が失われた後の「次の一手」を打っていないのだ。その差は大きいと思うけどなあ。



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