日馬富士の引退表明は、日本のスポーツ界のいまだ変わらぬ体質を象徴していて、嘆かわしい限りだ。



まだ警察の手による事情聴取が続いている。被害者側の貴の岩、貴乃花親方側は、警察への協力を優先させるとして、協会の事情聴取には応じていない。
事態が全く解明されていないのに、“主犯”である日馬富士が引退を表明したのだ。

これは明らかに事態の早々の幕引きをもくろむ体制側の圧力に屈したと思われる、
様々な事実関係が明らかになり、本人だけでなく、親方や協会サイドの管理責任が問われる事態になる前に、当事者が
「すべては私が悪うございました」と頭を下げ、髷を切ることにしたのである。

もちろん、今後、日馬富士の刑事責任が追及される可能性はあるが、恐らくは逮捕されず、書類送検程度で済むことだろう。

この事件で明るみに出たのは、相撲界を横断する形でできている「モンゴル力士会」の存在だ。1部屋に1人しか外国人力士は在籍できないという規則があるために、モンゴル人力士は各部屋に散らばっているが、彼らは部屋が違い、対戦する可能性があるのに、私的なネットワークでつながっているのである。
この件で、とっくに引退したはずの朝青龍や旭鷲山が外からかなり突っ込んだ意見を言っていること、モンゴルのメディアが日馬富士養護の論調で書きたてていることを見ても、モンゴル人脈は予想以上の広がりを見せているのではないか?地下水脈のような怪しさを感じる。
こうした怪しげな実態が、日馬富士の「やめりゃいいんでしょ」引退で、解明されずに終わるのではないか。

また相撲界に巣食う「暴力体質」の実態も明るみに出ない可能性が高い。日馬富士が貴の岩を殴ったのは、先輩、後輩の間に「鉄拳の規律」のようなものがあったからではないか。
それはモンゴル力士の掟なのか、相撲界全体の掟なのか、これらの解明も期待薄だ。

さらに言えば、この時間が10月26日に起こってから、明るみに出るまでの経緯も実に怪しい。相撲協会が、事件の隠ぺいを図ったのではないか、貴乃花親方の、協会に対するかたくなな「非協力」の姿勢には、なにか事情があるのではないか?

大相撲は八百長事件んどん底から奇跡の復活をを果たした。しかし、それはうわべだけのことであり、実際の体質は旧弊なままだったのではないか、そういう疑問を抱かせるに十分な事件だったと思う。

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相撲界のみならず、スポーツ界には「今の体制を維持させることこそ最善」という、超保守的な体質がある。
このことが、各スポーツ界に既得権益のアリ塚のようなものを築かせ、進歩や発展を阻んでいる。
本当であれば、この事件を奇貨として協会の改革が進むべきだったが、そうはならないようだ。
日馬富士の引退は当然としても、その前に開明すべきことはたくさんあったはずだ。

しかし1月場所への影響を避けるという極めて実利的な理由で、相撲界はすべてを終息させようとしているのだ。
たかがモンゴル人力士が一人やめようとも、相撲界は痛くもかゆくもないはずだ。

張本勲は先週の日曜日、こういった。

「せっかく(大相撲人気が)盛り上がっているじゃないですか。角界の中で解決できなかったのかねえ。やっぱりねえ、手をかけちゃ絶対ダメですよ。今の日本、世の中じゃ、でもそんなに大きくすることじゃない」

相撲界でさっさともみ消すべきだったと言っているのである。
まさにこれは、スポーツ界のアリ塚に巣食う既得権益者の要望を代弁している。

スポーツは、既得権益者の利権のために存在するのではない。そのことを改めて確認したい。


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