日本相撲協会評議員会と、横綱審議委員会をごっちゃにしている人もいた。横審はべつの組織だ。外部にあって、日本相撲協会の土俵に関する事柄に諮問を行う。横審も随分ダメになったと思う。
朝日新聞
5日に東京・国技館で行われた大相撲初場所前の横綱審議委員会の稽古総見で、横綱白鵬が昨年12月の臨時横綱審議委員会から注意を受けていた相手の頰を平手でたたく立ち合いを見せ、元横綱で相撲解説者の北の富士勝昭さんが「不届き者だね」と苦笑交じりにコメントした。
中略
臨時横審では白鵬の取り口についてファンから「張り手、かちあげが多い」「横綱相撲とは言えない」「美しくない」「見たくない」などの投書が届いていることが発表された。北村正任委員長(毎日新聞社名誉顧問)は「自覚をどう促すか。協会として工夫、努力して欲しいという意見もあった」と記者会見で話したが、その委員らの目の前でこの日も批判のある取り口を見せた。


私は横綱北の富士の相撲を生で何番も見ているが、この力士の持ち味は「かちあげ」だった。横綱になってから、長谷川をかちあげ一発で失神させたこともある。北の富士のかちあげから上手を取って一気に寄るスピード相撲は、爽快で素晴らしかった。
大横綱北の湖も、かちあげが得意だった。北の富士よりも腕の動きは小さかったが、相手をのけぞらせて有利な体勢に持ち込むために多用した。

それ以前にも、横綱鳳谷五郎や、常の花寛市のように「かちあげ」を武器にした横綱はたくさんいる。スピードを重視する力士の常套の技だったのだ。

「かちあげ」が、「横綱相撲とは思えない」というのは、新説である。横審にはよほど学殖のある人が揃っているようだが、いつからそんなことを言いだしたのだろうか。
「張り手」は、品がないとは言われていた。しかし、つっぱりは相手の勢いを止めて、土俵際へ追い詰めるための正統な業の一つだ。「張り手」は、その過程で相手の顔につっぱりがヒットしただけだ。禁じ手でも何でもない。

大正期の大横綱、太刀山峰右衛門は、相手をひと突き半で土俵外に出したから四十五日(ひと月半)と言われた。突っ張った手が顔に当たることも当然あったはずだ。

昭和の昔、麒麟児と富士桜は昭和天皇の天覧相撲で、張り手を連発する凄い相撲を披露して天皇の拍手喝采を浴びた。どちらかの力士の歯が折れたと記憶しているが、張り手も相撲の技の内である。

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「横綱にふさわしい相撲」云々と言い出したのは、そんなに昔ではない。昭和戦前の大横綱双葉山定次が、常に相手の息で立ち、存分に相撲を取らせてから料理したことで、これを理想の相撲、「横綱相撲」とみなす意見が、戦後になって小坂秀二という評論家によって唱えられ、広まったのだ。
明治の大横綱、常陸山谷右衛門も、同様の取り口だったことから、常陸山、双葉山が横綱の正系であるかのように言われたのだ。
一度水をつけたら二度とつけない、とか、待ったをしないとか、上手からとるとか、横綱相撲の定義はいろいろできたが、それはあくまで好角家の一つの見方に過ぎない。
相撲協会の公的な諮問機関である横審が、それを声高に言うのはおかしい。
「禁じ手」でない限り、力士はどんな相撲を取っても勝てば白星だ。私は鶴竜の相撲は引き技ばかりでみっともないとは思うが、だからと言って降格すべきだとは思わない。

歴代の横綱の中には、理想像とは程遠い力士もたくさんいた。
立ち合いが汚く、はたき込みが多かった栃錦、同じく晩年は引き技が多かった大鵬、下手からの投げが強かった輪島、それぞれ個性的で名力士だったと思う。

そもそも、今の横綱審議委員たちはどれだけ土俵を見ているのだろうか?昔の東西会のひげの会長のように、毎場所溜りに座って土俵を見続けていたのならともかく、横審の委員が本場所に日参しているとは聞いたことがない。
どこで仕入れた知識か知らないけど、「利いた風なことを言うな」と言いたい。力士は勝つために努力をしている。それをくだらない理想像の型に嵌める権限は、横審にはないはずだ。

白鵬は非常に頭の良い力士である。彼がけいこ総見で張り手を見せたのは、それなりに意図があったものだと思う。

モンゴル力士の問題は問題として、横審が訳の分からない横槍を入れるのは、大相撲にとっては良いことではない。白鵬も、他の横綱も、反則技を使っているわけではない。
それよりも、スポーツとしての健全性を維持するために、違った視点から土俵を凝視すべきだろう。
そういう眼力、能力のある人を横審の委員に据えるべきである。


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