二つの騒動は、よく似た経緯をたどっている。反逆者に対する組織の対応は、一様になるのだろう。日本らしい風景ではある。
「清武の乱」は、2011年オフ、讀賣巨人軍代表の清武英利が、一度決めたコーチ人事を当時の渡辺恒雄会長の鶴の一声でひっくり返されたことを「重大なコンプライアンス違反」と批判したのが発端だ。
職務分掌を飛び越えた越権行為は、会社の内部統制を破ったとも批判した。

これに対し、讀賣側は組織上問題はないとし、事実誤認、表現の不当、許されざる越権行為と清武に反論した。

世間の反応は二分した。
巨人は一企業であるとともに、社会の公器たるプロ野球チームである。その人事を組織を乗り越えて壟断したことは問題がある、という意見があった一方で
一企業の人事をめぐるもめ事を、文部科学省まで巻き込むとは何事だ。世間を騒がせるとはけしからんという意見も有力だった。

清武が決起したのはコーチ人事の一事だけではなかった。MLBの先進の補強や戦術を取り入れ、球団の近代化を図るとともに、育成枠を創設するなど、FA補強に頼らない経営へと転換を進めていた清武の考えを全く理解せず、巨人を自らの虚栄心を満たす道具としかみなかった渡辺恒雄にたいする強い不満があった。また、巨人のこうした姿勢は、プロ野球全体の発展を阻害しているという認識もあった。

清武の決起は、まさに「たった一人の反乱」だった。その後、巨人内部の機密が漏洩し、阿部慎之助などへの莫大な金額の裏金が発覚した。おそらくは清武が行ったものだろう。
巨大組織に歯向かった清武には「捨て身の反逆」しかなかった。巨人側は、清武の就業規則違反や守秘義務違反を非難したが、清武にすれば当然のことだった。

最終的に「清武の乱」は、讀賣側の勝利に終わった。清武は裁判では敗訴した。しかし、以後、渡辺恒雄の影響力は自身の高齢もあって低下した。

私憤と公憤を峻別しなかったこともあり、清武への評価は今も二分している。清武のやり方は、その行動が正義に基づくものでったとしても、適切だったとは言えないだろう。

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そもそも日本人には、「自分が所属している組織に弓を引く」こと自体を非難する意識が強い。
「嫌ならやめてから批判せよ」という意見も多かった。「内部告発」の意味するところは、多くの日本人には理解されていない。

表面的な「ルール違反」の背景に、告発したい「大きなもの」がある場合、どちらを重視するかで、物事の見え方は大きく変わってくる。

貴乃花親方の事件も、目の前の暴力事件と、それに対する貴乃花親方の不可解な行動だけを注目すると、その背景に潜む大きな問題を見失う恐れがある。
貴乃花親方の対応はお粗末ではあるが、彼は彼なりに「捨て身のプロテストメッセージ」を送っているのではないかと思う。

多くの日本人は「反逆者」が嫌いだ。しかし、そうした行動は、とりわけ硬直化した組織では必要な時がある。
そういう認識が広まってほしいと思う。


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