bunchousannさんが、ファンの原理原則は「見返りを求めないこと」と言った。本当にそうだなあ、と思った。
野球だけではないが、ファンとは、対象となる選手や演者を客席から応援するものだ。
ファンは「fanatic(狂信者)」が語源だ。一観客の則を越えて、熱狂的に対象を応援する。その声は、選手や演者に届き、彼らを力づける。

しかしながら、ファンは「一線を越えない」。グランド内や舞台に足を踏み入れることはない。ファンと選手、演者とは「結界」という見えない境界線で隔てられている。それを乗り越えることはできない。してはいけない。

またファンは「応援すること」で、完結している。野球でいえばチームが勝ったり、選手が活躍したりすれば、ファンは嬉しいが、そうでなかったとしても、ファンは「応援すること」でその目的を達している。負けたチームに対して「金返せ」などというのはファンではない。

つまりファンとは、わざわざお金を払って、体を動かし、大声を出し、多大なエネルギーを使って応援するが、それに対する見返りは一切求めないものなのだ。ファンの目的は純粋に「応援すること」だ。まさに「無償の愛」と言える。

ファンがサインをしてもらったり、選手と言葉を交わして狂喜するのは、それが望外の喜びだからだ。
すでに「応援すること」で満足しているファンに、それ以上の喜びが与えられたからだ。

サインをもらって当たり前、選手と交流して当たり前と思っているファンは、すでにファンの良心を失っている。

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球団、選手は多くのファンを集めるために、様々なイベントをしたり、ファンサービスを行ったりするが、それはファンに対する「見返り」ではない。
ファン初心者や足が遠のいているファンを集めるための「販促」であり、あくまで客集めの方策に過ぎない。

昨日の清宮幸太郎の話題もそうだが、最近、ファンの道を踏み外し、選手や球団にサービスやサインなどの物品を強要する人が増えている。
それは、本来、野球や音楽、芸能などを楽しむ素質、素養がない人間が、ファンの中に混じるようになったことが大きい。NPBは、史上空前の2513万人もの観客動員をしたが、その中には一定数の馬鹿が混じっているのだ。

清宮の例では、鎌ヶ谷の二軍練習場の自主トレには800人のファンが集まった。彼らは勝手に集まったのであり、入場料も払っていない。であるのに、清宮がサインをしなかったと言って騒いだのだ。「子どもまで連れてきているのに」と言った人もいたという。
勝手に押しかけて、勝手に見ていただけなのに、サービスを強要する。多くの人はだまって帰ったが「自分だけは特別扱いせよ」と求めたのだ。卑しい連中だと断じて良いだろう。
こういう連中が増えることで、球団は必要以上にセキュリティを高めなければならないし、余計な配慮もしなければならない。

しかし一方で、球団の過剰なファンサービスが、一部のファンをつけあがらせたという側面もある。球場に来れば、レプリカユニフォームやグッズがもれなくもらえるキャンペーン。選手との交流会。
これらは、本来のファン=選手の関係から逸脱している。
球団としては、「球場に来てくだされば、こんなサービスをしますよ」というつもりだろうが、心得違いをしたファンの中には「入場料の中にグッズやサービスが含まれている」と思うものも出てきているはずだ。

各球団の、ファンを集めるための販促コストはかなりのものになっているはずだ。だんだんエスカレートしているようにも思う。後には引けないのではないか。

しかし、モノやサービスにつられてやってくる似非ファンは、それがなくなれば来なくなる。

各球団は、ファンサービスは、あくまで「おまけ」であることを再認識すべきだろう。

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