山口高志は、市神港時代から剛速球で鳴らしたが、関西大に入学して肩に痛みが出て投げられなくなった。その頃、憧れの大先輩、村山実に会う機会があった。
山口は「肩が痛いのだが、どうすれば治るだろうか?」と村山に聞いた。
村山は大真面目な顔で、
「セデスを呑んで、じっとしてなさい。そしたら治る」
と云ったそうである。当時は、じっとしている以外に治療法がなかったから、山口はじっとしていた。
そして再び投げることができるようになった。

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しかし、関西大学の達摩省一監督は、山口を大事に使った。彼のことを入学以前からよく知っていたからだ。連投を避け、球数にも気を遣った。
ナインの中には「なぜ山口を投げ刺さないのか」と直訴する選手もいたが、達磨は大事に山口を使った。
これによって山口は、関大、松下電器と投手生活を続けることができ、阪急に入団し、8年間とは言え球史に残る活躍をした。

しかし優秀な才能を持ち、体に恵まれた野球選手でも、そうした指導者に出会わなければ、目先の勝利のために無理をさせられ、肩、ひじ、下半身などを故障して消えていったのだ。

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一昨日、筒香嘉智は、「未来ある子供たちが、肩やひじを手術し。消えていった」と言った。
今年25歳の筒香の周辺でも、今年68歳になる山口高志が見聞きしたような状況が、いまだにおこっているのだ。
「セデスを呑みなさい」と村山がいったような事情が、いまだに続いているのだ。

目の前の勝負に拘泥する愚かさもさることながら、野球少年を酷使する指導者には、子どもたちは「親からの預かりもの」という認識もないようだ。

そういう状況を「おかしい」「異常だ」と思わない限り、野球少年の多くが大人の酷使でつぶれていく。そして、そんな野球の世界には子供をやりたくないという大人がどんどん増えていく。

野球の「野」は、野蛮の「野」。これほど多くの人がそれを指摘し、筒香のような一流の野球選手さえ指摘しているのに、状況は大きく変わらない。今年は、こんな状況の転機になってほしいと切に願う。


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