私は韓国は日本帝国主義の被害者で、気の毒だったと思っている。民主主義がいまだにまともに機能しないのは、近代国家になる上での成長期に日本の植民地だったことが大きいと思う。
それはそれとして。平昌五輪をめぐる文在寅政権の対応はひどい。
韓国は五輪出場が決まっているアイスホッケーの代表チームを、北朝鮮と合同にすると突然発表した。
アイスホッケー協会にも、代表チームにも一言の連絡もないままに、国としてそう決めたという。
文在寅大統領は
「韓国と北朝鮮が一つのチームを作って共に競技に臨むなら、その姿そのものが恐らく長く歴史の名場面になるだろう。アイスホッケーが国民の関心を集め、不人気種目としての悲哀をそそぐ良い機会になるのではないか」と述べた。
李洛淵首相は、
「(韓国女子アイスホッケーチームは)メダル圏内にないから実害はない」と言った。

アイスホッケー女子代表チームのセラ・マリー監督は、南北合同チームについて「五輪を目指して練習したのに後で合流した人に席を奪われる剥奪感が大きいだろう」と控えめながら懸念を示した。
副主将のチョ・スジは「南北合同チームの話を聞くたびに力が抜ける」と言い、ゴールキーパーのシン・ソジョンは「私たちの意見や努力が全く反映されないまま、このような決定が下されてひどく失望している」と語った。(朝鮮日報などから引用)。

儒教の影響力が強い韓国では、武よりも文を重んじる意識が強い。これらの政治家にしてみれば「たかがスポーツが、お国の役に立つのだ。何を反対するのだ」というところか。

アイスホッケーがサッカーや野球のように人気スポーツではなく、メダルは望み薄で、しかも女子だったために、配慮は無用と断じたのだろう。さすがに韓国国内にも異論が噴出しているようだ。

こうしたスポーツの政治利用が、その後のスポーツ界のためになったことはほとんどない。
かつては、日中の「ピンポン外交」が、国交交渉に大きなきっかけを与えたことはあるが、権力者は一定の目的を果たせば、利用したスポーツを価値のないものとして打っ棄るだけである。

こうした考え方の根底には、政治家が、スポーツは国民の基本的人権の根幹をなす重要な権利であり、共有財産であり、国民全体のものだ、という認識を持っていないことがある。
スポーツ(だけでなく文化交流も、客寄せパンダも)は、政治、権力のための「だし」であり、単なる道具だと思っているから、こういう馬鹿なことをする。民主主義が育っていないことを内外に表明しているようなものだ。

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残念ながら、日本の状況も大して変わらない。「国民栄誉賞」は王貞治の人気を利用するために当時の福田赳夫政権が創設したものだ。以後、今年の羽生善治、井山裕太に至るまで、時々の政権のイメージアップに利用されてきた。大物スポーツ選手、文化人とのツーショットを政治家は利用してきたのだ。
福本豊は「立ちションベンでけへんようになったら、かなん」とこの賞を断ったというが、彼は物事の本質を知っていたのだ。

東京オリンピックもそうだ。安倍晋三は五輪まで政権の座にありたいと思っている。一個の政治家の私利私欲で、五輪もふりまわされている。
野球界は東京五輪の参加競技になったことで、みっともないほど喜んでいるが、政治利用されるだけで、実態が伴わなければ、野球界は五輪が終われば、坂道を下り落ちることになるだろう。

政治家がスポーツに口を出せば、ろくなことにならない。それはいつの時代でも、どこの国でも同じだ。もちろん、来賓のお飾りなどは仕方がないとは思うが、にこにこ愛想を振りまく政治家に「あっちへ行け」という気概を持っていないとだめだと思う。



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