今日は藤浪晋太郎、そして阪神の投手起用について数字で紹介するつもりだ。その前にお断りをしたいことがある。

こうして野球についてブログを書いていると、いろいろな意見をいただくが、別の人から何度もいただくコメントに

「だと思う」「そう感じる」などの書き手の想像ではなくて、直接取材をして事実を書け

というのがある。昨日は「妄想」と決めつけられた。

ブログというメディアは、極めて私的で、社会的な認知は限定的だ。私の昨日のブログのPVは3万を超したが、それでも公的なステイタスはほとんどない。

「ブログに書くために取材をする」というのは、一般人が対象であれば成立する可能性はあるが、プロ野球や学生野球が相手では、ほぼ不可能だ。私的なメディアのために時間を割いて取材に応じてくれる相手はほとんどない。バリューがないメディアには誰も協力はしない。

それに多くの方が取材は無償だと思っているようだが、そうではない。新聞社など記者クラブに属するメディアは申し合わせとして「取材費を支払わない」ことになっているが、それ以外のメディアは、プロ野球選手やOBへの取材の場合、取材費を支払うことが多い。ブログに書くために、そういう費用負担をすることはできない。

そもそもブログというのは「自分の意見」を表明するためのメディアだ。そのために自分の名前やプロフィールを明らかにし、限定的な責任を取る。調べてきたことを書くメディアではない。

私は今、Number Webや東洋経済ON LINE、Full-Countなどに記事を寄稿しているが、ここでは客観的な記録や、取材に基づく記事を書いている。取材対象者には「〇〇に掲載する」と断りを入れて取材をしている。有償の場合も無償の場合もあるが、いずれにせよ、取材した内容に基づいて記事を書くことは「経済行為」だ。だから、その内容をそのままブログに載せることは、依頼されたメディアの信義にもとるからできない。

多くのプロのライターが記事を書く傍らでブログを書いているが、そこを峻別できなければこの世界ではやっていけない。

スポーツだけでなく、ジャーナリズムは、取材などに基づいて「事実」を書く「記録=ドキュメント」と、その記事などの情報に基づいて「意見」を表明する「論評=コメント」に大別されるのだ。車の両輪のように、どちらも重要だ。

ドキュメントしかできないとなれば、「真実」は解明できない。大層な話になるが、北朝鮮の問題。実際に現地に行き、それを見聞きした人の記事しか掲載できないとなれば、表面的な「事実」の裏側の「真実」は、解明できない。そもそも取材者が本当のことを書いているのか、あるいはすべて事実を書いているのかは、批評というメスを入れないとわからない。

「ドキュメント」と「論評」は、言論の自由を維持するためにはどちらも重要なのだ。

金本知憲をめぐる話では、まずドキュメントを評価する必要がある。特に関西のメディアは、阪神タイガース、金本に遠慮をして事実を正しく書かない可能性がある。現時点では金本を非難するような論評は、まず出てこない。
しかし、藤浪晋太郎の現在の不振に、金本知憲が深くかかわっている可能性は極めて高い。私はその部分を「批評」したいと思っている。

「金本に直接聞きに行け」という書き込みもあったが、当人に聞いて何かがわかるのなら、誰も苦労はしない。だからみんな状況証拠を集め、本人が言いたがらない、認めたがらない物事を明らかにしようとするのだ。
私も状況証拠を集めて、完ぺきとは言えないにしても断定的な批評をしたいと考えている。

ネット社会になってから、誰でも意見がいえるようになった。場合によっては一般の人の意見が大きな反響を呼ぶこともある。良いことだと思う。

しかし、一方で言論やメディアについての最低限の知識や、リテラシーさえない人が、無自覚に書き込みをすることが増えている。自身では真っ当な意見を言っているつもりだろうが、ルールも知らずにゲームに難癖をつけているようなものである。
そしてそういうプリミティブな意見が、同種の人々の共感を得て大きな声になることもある。
何度もそういうやりとりをしてうんざりしている。無視してしまえばそれまでだが、私は特定のストーカーまがいのコメンター以外は必ず返事を返す。

昨日の特定の方とのやり取りに不快感を抱いた読者各位には、申し訳なく思うが、開かれたメディアでモノを言うことの難儀さ、大変さを少しご理解いただきたいと思う次第だ。

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