阪神の救援投手酷使のデータを提示しておく。どういうふうに表現するか、かなり迷ったが、ひとまず人数と回数。


救援投手の考え方は、セーブが導入された1974年とそれまでとは大きく異なる。
1974年以降、50試合以上救援登板した投手数と回数である。

Over50GR


阪神は44年間に延べ92人の投手に50試合以上登板させている。2位が中日の70だから、断トツに多い。
中日の70のうち15は岩瀬仁紀だから、それを加味すれば圧倒的である。

130試合制の時代は、50試合登板する投手は1球団に1人程度だったが、その時代でも阪神は山本和行、福間納、池内豊などの投手が50試合以上登板していた。救援投手の登板過多は、阪神の伝統と言ってよいだろう。
ちなみにオリックスは、阪急ブレーブス時代は50試合登板は1どもなかった。

投手数では大洋、横浜、DeNAの方が多い。これはこのチームの先発投手陣が弱体だったためにどうしても救援登板がふえたということだろう。

先発投手のPAPに相当するような指標は、救援投手にはない。私は5年程前、Jスポーツのスタジオで、森繁和さんに救援投手の疲労について聞いたことがあるが「ベンチに座った回数に比例する」と言われた。救援登板回数に加え、回またぎをした回数だということだった。

そのあたりが参考になるかもしれない。

中には岩瀬のように何年もシーズン通じて救援登板できる投手もいるが、多くは50試合以上登板すると2~3年で消えていく。負担は少ない方が良いに決まっている。

ただし、MLBでも救援投手は、先発投手ほどは配慮されていない。潰れれば放出されておしまい。一流の救援投手は岩瀬のように、自分で「壊れない投法」と「マネーピッチ」を身に着け、世渡りをしていく。マリアノ・リベラなどの例外を年俸は先発投手の数分の一だが、これぞプロ、という生き方である。

救援投手の起用法については、先発投手以上に正解が見えない。しかし、多く投げさせれば早く潰れる可能性が高いことは、間違いないところだ。

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