ツインズの強打者。打撃もさることながら、守備での貢献度が高かった。

1958年8月生まれ。同い年にリッキー・ヘンダーソン、ウェード・ボッグス、フリオ・フランコ、アラン・トランメル、ウィリー・マギー、オーレル・ハーシャイザー。
NPBでは辻発彦、山﨑隆造、青島健太、久保康生、岡部 憲章、宇野 勝、弓岡 敬二郎、久保寺 雄二、原 辰徳、市川 和正、津末 英明、高木 豊、立花 義家。

1978年1月ドラフトでカーディナルスから4巡目指名を受けるも行かず。リンカーンランド短大に残り、翌年6月、ツインズの1巡目(全体11番目)で入団。

キャリアSTATS

G-Gaetti


がっちりした体躯。マイナーでは長打力は際立っていて、3年目にはメジャー昇格。

翌年には正三塁手になる。当初は守備も打撃も荒っぽかったが、次第に三塁守備でずば抜けた能力を発揮するようになる。

ゴロをさばく能力が高い上に強肩、エラーも少なく鉄壁の守備だった。

打者としても長打力があり、チャンスに強かったが、早打ちで四球が少なく、いわゆるフリー・スインガーだった。

打率の順位はほとんどが50位以下、それでいてレギュラーだったのはそれだけ守備が素晴らしかったからだ。

1986年から4年連続でゴールドグラブ。86,87年と2年連続で30本塁打100打点。このあたりが全盛期。

1990年オフにFAとなりエンゼルスへ、さらにロイヤルズへ。成績は下落し、キャリア終盤かと思わせたが、36歳の95年、35本塁打90打点で、三塁手のシルバースラッガーに輝く。

翌年カーディナルス、さらにカブス、レッドソックスと渡り歩いて41歳で引退した。

三塁手としての出場試合数2282試合は史上4位、補殺数4531は史上7位だ。

引退後はマイナーリーグ、独立リーグの指導者になった。


たばともさんのクラシックSTATS鑑賞、5周年である。ぱちぱちぱち
5年目になりました


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