野球の記録の中で、守備成績は暗黒大陸だった。選手の守備能力を客観的に評価する指標は少なかった。守備率は現代では全ポジションで9割台後半になり、差がつきにくい。ゴールデングラブなどの守備の表彰は、印象論がメインだった。


セイバーメトリクスではRF(レンジ・ファクター)が考案された。守備機会(刺殺、補殺)を、守備出場イニングで割って9を乗じた数値だ。
1試合当たりの守備機会の多さ、守備範囲の広さを示す数値だった。これは革命的だった。

従来の「守備率」では、川上哲治のように、難しい送球は取らなかった選手は、守備率が上がる。無理目の球まで取りに行く選手は守備率は下がる。

RFができたことによって、注目されるようになったのが菊池涼介のような守備範囲の広い選手だ。彼は当初、守備率で見れば最低の二塁手だったが、当時からRFは抜群だったのだ。

しかしNPBでは野手の守備出場イニングを発表していない、守備機会を試合数で割る簡易型RFしか算出できない。途中出場が多い守備固めの選手の数値は信頼できないものになった。

さらにZRという指標が考案された。これはすべてのプレーをビデオで収録し、本来の守備位置に飛んだ打球の処理を数値化したものだ。客観性を加味するためにこの数値をもとにUZRという指標も考案された。

RFからの派生ではあるが、ZR、UZRはこれまでのセイバーの領域を大きく逸脱するものだった。
従来はNPB、MLBが発表した数値に基づく指標だった。しかZR、UZRはビデオ画像から独自に数値を算出する。単なる記録好きの個人ではできない大掛かりなものだった。
ZR、UZRが可能になったのは、MLBで「記録」がビジネスになったからだ。この段階で、セイバーはマニアの手を離れたと言えるだろう。

しかしZR、UZRは考案されて以降の数字しか測定できない。過去の名手との比較は不可能だ。「歴史的な比較」という記録の重要な部分が欠落している。

従来のセイバー系の数値の現時点での集大成として、WARが生まれた。これは投打守のすべての数値を集大成したもので、投手、野手を問わずすべての選手を同一の指標で比較できる。平均的な選手と比較しての傑出度がシンプルな数字で表すことができる。
Baseball ReferenceとFangraphsという2つのサイトから発表されている。
画期的だった。WARにはUZRの数値がインクルードされてはいるが、Baseball Reference版では過去選手はTZRという簡易版の数値で代替し、ベーブ・ルースやディマジオのWARも発表されている。

セイバー系の数値は急速に発展し、WARという究極の数字も生んだ。しかしWARは計算式が複雑で、その数値の意味するところが十分に理解できない。
たとえばRFであれば、数値が下がれば「補殺が減ったから」などの説明が可能だが、UZRが下がった場合、その原因を説明するのは難しい。WARやUZRは、中身が見えない。少なくとも私には十分な説明ができないのだ。

RFは古い、UZRで語るべきだという声を聞くが、そういう人が、本当に中身を知ったうえでその数字を持ち出しているのか疑わしい。

日本でWARやUZRを発表しているのはデルタだが、有料サイトであり、簡単に引用はできない。様々な指標を発表しているが、率直に言って説明が下手である。
チームや選手には、数値情報を提供すればいいだろうが「記録で遊びたい」と思うユーザーには、その記録の構造や、注視すべきポイント、記録の楽しさなどをわかりやすく伝える必要がある。
そういう部分が決定的に欠落している。いきがっているだけでは広がらない。そういう能力がないのなら、Baseball ReferenceやFangraphsのように無料公開して、マニアに遊ばせることで、議論を高めるべきだと思う。

そうこうしているうちに、MLBではトラッキングシステムが出てきた。これは従来の記録とは次元の違うデータだ。野球のプレーそのものではなく、アスリートの投げる、打つ、守る「動作」を数値化したものだ。選手個々のポテンシャルを純粋に計測するものだ。
端的に言えば、野手の正面を突いた打球でも、角度が良くて速度があれば「良い打球」になる。
安打を打たれても、球速があって球が変化していたら「良い投球」になる。

ここまでくれば「野球」は関係がないと言っても良い。

日本の野球は原始時代であり、まだ初歩のセイバーさえ普及していない。メディアもほとんど理解していない。しかし、その間に「野球の記録」は、すさまじく進化した。

我々に必要なのは、ろくに知りもしない新しい数値を振り回すことではなく、一つ一つの数字を吟味し、じっくり味わうことのできる「言葉」だ。
野球というスポーツは、豊かな「言葉」で紡がれてきた。数字は、その「言葉」をさらに豊かにするために存在していることを忘れてはならない。

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たばともさんのクラシックSTATS鑑賞、5周年である。ぱちぱちぱち
5年目になりました


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