日本相撲協会の理事候補選挙、メディアも自嘲気味に言っていたが、国政選挙のような注目度だった。今のメディアは、そのジャンルに対する本質的な関心も、リスペクトも毛ほどもないが、もめごとと人の不幸には蠅のようにたかるのだ。
貴乃花親方の惨敗は、要するに協会サイドの必死の防衛策の前に敗れ去ったということだろう。
直前に降ってわいた春日野親方の不祥事は、今も進行中だが、兎に角体制を固めて逃げ切ろうとしているのだろう。

しかし今回、各メディアの票読みからわかってきたことは、個人的には貴乃花親方の考えに共感する親方は、他派閥にも結構いるということだ。
票読みで貴乃花に次いで票数が少なかった巌雄の山響は、出羽一門だが、実は貴乃花シンパだという。
そもそも山響の師匠の故北の湖理事長は、貴乃花の理解者だったともいわれる。
そういう意味では、協会内には貴乃花の考えに一定の理解を示す親方は少なからずいるのだろう。

八角理事長、春日野親方らの「執行部」は、実は盤石ではない。だからあそこまで票読みでしめつけをしたのだろう。

この問題の本質は、「日本相撲協会に自浄能力がないこと」にある。昔は「身内の論理」として通用した暴力や違法性のある行為は、今では通用しなくなっている。
しかし協会は、それらを徹底的に取り締まることも、力士、協会員の意識を変革することもできない。
発覚すれば無様な糊塗策を延々と繰り返し、世間の物笑いになるだけである。
こういう体質のままでは、これからの時代を乗り切ることはできない。貴乃花の主張はつまるところこれである。
「守るべきなのは、大相撲の伝統なのか、日本相撲協会なのか」貴乃花のこの言葉にすべてが集約される。

ただ、貴乃花は政治家としては最低である。粘り強く周囲を説得し、少しづつでも支持を広げていけば、事態は大きく違っていたが、結局、特攻隊のような自爆を選んだのだ。
公益よりもおのれの美学を優先したといわれても仕方がないだろう。

日曜日、張本勲は例の番組で、貴乃花が三階級降格したことに触れ
「あせらなくれもいい、おとなしくしていれば貴乃花はいずれ理事、理事長になる人ですよ」
といい、
「よかったね、これで元の角界に戻れる。八角理事長はよくやっていますよ」
と言った。

世間にはこういう意識の人間がたくさんいて、岸信介のいう「サイレントマジョリティ」を形成していることを忘れてはならないだろう。


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