最近になって、喫煙習慣は一般社会では厳しい目で見られるようになったが、成人が嗜むうえでは違法でも何でもない。煙草は街で普通に売っているし、場所さえ気を配れば人前で喫っても問題はない。

しかし、世界の趨勢として「喫煙」は、健康面でも環境面でも「終わらせるべき習慣」になりつつある。特に、先進国ではその傾向が強い。
日本は、保守系を中心に、たばこ農家の支援を受けた国会議員が多い。また自身が喫煙習慣を止められない議員も多く、今年になって「健康増進法改正案」が骨抜きにされ、話題となった。
しかし、この傾向が逆戻りすることはないだろう。何せ2020年を控えている。日本人、とりわけ政府は「世界から笑われる」ことを極端に恐れている。「喫煙習慣」がますます肩身の狭いものになるのは間違いないだろう。

一般社会でも「喫煙習慣」は、「旧弊」「頑迷」「健康、環境への無関心」あるいは「意志の弱さ」を表すサインになってきている。喫煙者はそうした負い目を感じながら、こっそりと喫煙している。

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ましてや、スポーツの世界では、アスリートが喫煙することは、あり得ないような認識になっている。陸上や水泳などでは当然の話だが、サッカー、バスケットボールなどでも喫煙習慣は絶滅しようとしている。もちろん、OBや指導者はその限りではないが。

しかし野球、ゴルフ、大相撲などでは現役選手の喫煙習慣は根強く残っている。これらのスポーツはすべてプロスポーツが頂点にあり、昭和の時代から人気が高かった。また「男の世界」でもあった。喫煙習慣との親和性は高かったと言えよう。
25年も前になるが、ダンロップフェニックス・トーナメントの練習ラウンドで、ティーを待つ尾崎将司が煙草を喫っていたのを見たことがある。キャディに持たせた灰皿に灰を落としながら、トム・ワトソンのティーショットを見つめていた。その時点でも、軽いショックを覚えたものだ。

大相撲の巡業で、土俵下で横綱輪島が煙草を喫い、まだ口から煙を吐きながら土俵に上がったのを見たこともある。

プロ野球選手の喫煙率は極めて高いと思われる。さすがに今は、喫煙場所などに気を使ってはいるが、それでも一般人の前でプロ野球選手が煙草を喫う姿を見せるのは、かなりのショックを与えていることを知るべきだろう。
ただ、スポーツ紙の記者やOB野球人もほとんどが喫煙する。野球界はまだ「煙草を喫って一人前」的な古い意識が残っているのだろう。

キャンプを回っているが、グランドの横には灰皿が置かれ「喫煙場所」という表示がある。しかし囲いがない場合も多く、受動喫煙は野放しだ。選手はグランド内の喫煙室で煙草を喫うが、「喫煙場所」では、一般のファンのほかに、新聞記者やテレビのカメラクルーなどが紫煙をくゆらしている。

敢えて言うが、喫煙者がはじめて煙草を喫うのは、ほとんどが高校生のときだ。野球選手もほとんどがそうだ。先輩、仲間が喫っているから、親も喫っているから。動機はほとんどがそういう主体性のないものだ。人の言うことに無批判でしたがう「体育会系」の資質と関係があるかもしれない。
監督、指導者もほとんどが喫煙者だ。高校の監督に話を聞くと「おい、灰皿!」と部員に灰皿を持ってこさせるのは、見慣れたシーンになっている。そういう指導者が「煙草を喫うな」とは言えないだろう。
そういう習慣が代々続いているのだ。

喫煙習慣は「違法」ではないが、スポーツ界では「非常識」になっている。そのことに気が付かない、あるいは、気がついても知らないふりをしている人が多いのだと思う。

誠に象徴的なことに、野球の改革を目指す指導者は、喫煙習慣がないことが多い。子ども達に優しく接し「野球を好きになってもらう」指導をする指導者は、煙草を喫わないことが多い。父母の多くも煙草を喫わない。
もちろん、そういう現場でも肩身が狭そうに煙草を喫う人もいるが、「意識高い系」の野球指導者は煙草を喫わない、と規定してもよさそうだ。

「煙草を喫うことと、野球の改革は何の関係もない」:
その通りだ。煙草を喫っていても、野球を新しいものに変えていくことは可能なはずだ。
しかし煙草は「自己改革ができない」「古い慣習を引きずっている」サインでもある。

それを考えるならば、野球人は自らの「喫煙習慣」を見直すべきではないかと思う。
最近は「電子煙草」が流行っているが、あれは非喫煙者からは「意志薄弱者の悪あがき」的に見られている。
煙草はスパッとやめるべきではないか。


たばともさんのクラシックSTATS鑑賞、5周年である。ぱちぱちぱち
5年目になりました


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