朝のブログに対し「高校とプロの練習は違う。高校は基礎作り」というコメントがあった。そういう声はこれまでも聞かれた。高校の練習が本当に「基礎」になっているのなら、言うことはないのだが、現実は全く違ったものになってるのだ。

「基礎から鍛える」「基礎作り」という言葉の前には「将来のために」という言葉がかかる。「基礎から鍛える」練習は、将来、レベルの高いプレーをするため、過酷な環境に耐えうるためにやるものである。

しかしながら、今の強豪高校では「将来のため」ではなく、「この春」「この夏」に甲子園に出るために練習をしている。スキルを短期間で最高レベルにまで磨き、体力的にもピークを作るために練習をしている。

その過程で故障や怪我で脱落する選手もたくさんいる。しかし、多くの高校ではそれは織り込み済みだ。そういう選手は「根性がない「運が悪い」でかたずけられる。

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強豪高校には素材的に秀でていて、小学校、中学校時代にすでに頭角を現した素材が入学する。「基礎から鍛えている」とすれば、小中学校で、ということになる。

いわば、今の高校は、プロと同じように選手を獲得し、鍛えているのだ。

しかもプロであれば、10年、15年と活躍するために、怪我や故障の予防をし、十分にケアをするが、高校は2年半で結果を出さなければならない。繰り返しになるが怪我、故障で脱落するのは織り込み済みなのだ。いわば促成栽培をやっているのだ。

長時間の練習も、無茶な投げ込みも、すべては「促成栽培」のため。「将来のこと」など、何も考えていないのだ。

その背景には、少子化の中、何としても甲子園に出場して、生徒を集めたいという学校の意向もある。もちろん、生徒や父母の中にも甲子園で活躍してプロに行きたいという人もいる。
そういう利害が一致して、こういう状況が続いているのだ。

今、プロ野球で活躍しているのは、極端に言えば、こうした過酷な状況を運よく生き残った選手、そして他の選手よりずば抜けて体力があった選手だ。素材的には、すごい選手であっても、小中高の練習であたら素材をつぶされてしまった例が数え切れないほどあるのだ。

この状況をどげんかせんといかんのだが、高野連や朝日、毎日はそのことをちゃんと言わない。ダルビッシュなどに、断片的に語らせるだけで、学校野球の練習に決定的な問題があることをはっきり指摘しないのだ。

もちろん、少年野球から高校野球まで、従来のやり方を見直して、子供の未来を考えた野球を教えている指導者はいる。しかし、まだまだ少数派なのが現状だ。

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たばともさんのクラシックSTATS鑑賞、5周年である。ぱちぱちぱち
5年目になりました


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