日本ではスポーツを「楽しむ」のは、何かいけないことのように思う人が多い。

例えば、学校やコミュニティで同好会が誕生したとする。野球でもサッカーでもいいが、スポーツ好きな人が集まって、練習をしたり、試合を楽しんだりする。野球でいえば、好きな人はキャッチボールをするだけでも楽しいものだ。試合は勝ったり負けたり、それはそれで楽しい。

しかし、それを外部から見ていた人の中から「だらだらしている」「まじめじゃない」「遊んでいる」という批判が出る。
仲間の中にも「もっと本格的にやりたい」という人が出て、練習は厳しくなり始める。外部から指導者がやってきたりする。本格的にスポーツをやってきた指導者は「これは一からたたき上げないと」などという。「遊び半分でダラダラやる奴は出ていけ」などと言い始め、初期のメンバーが離脱し始める。
上昇志向が強いメンバーや、後から来た本格的にスポーツをしたい人などがメインとなって行く。
地域の試合などにも出場する。レギュラーと控えが生まれる。勝利の実績が積みあがると、次第に「名門意識」も芽生えてくる。「うちはいい加減な気持ちでスポーツをするやつは必要ないんだ」などという。

かくして素朴にスポーツが好きだった人は排除され、スポーツエリートだけがスポーツをする権利を獲得するようになる。

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少年野球などが典型だが、こういう感じで日本のスポーツチームは生まれていく。
スポーツには「努力」「上昇志向」が必要だとされ、「勝利のために頑張るもの」だとされる。だから、マイペースでスポーツを楽しみたい人は、スポーツの機会を奪われ「見る人」になっていく。

もちろん、草野球など草スポーツもあるにはあるが、それは正規のスポーツとは見なされない。

高齢者スポーツなど、「遊び」「ゆとり」以外の目的など設定する必要はないと思うが、そういう分野でも「勝利至上主義」がたっとばれ、80歳で何メーター泳いだとか、何秒で走ったとかがもてはやされる。そういうのを見ていたら、他の高齢者は引け目を感じて、嫌気がさすだろうと思うが。

なぜ日本人は「他の人に比べてどうか」ばかり気にするのだろう。スポーツが好き、スポーツをやりたいというのは「個人の動機」であって、自分で完結してもいいはずだ。自分のペースで楽しめばいいはずだ。
私には私のスポーツ、となぜならないのか?だから、日本のスポーツ文化は何年たっても豊かにならないのだと思う。


野村克也、投手別本塁打数|本塁打大全


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