日本のアスリートの中で、為末大は傑出した存在だ。現役時代は素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたが、引退後はスポーツを足掛かりに「日本人」「日本社会」について、重要な発言をしている。

まだ鼎談の1回目ではあるが

日本のイノベーションを阻む壁とは

日本のスポーツを象徴するのは部活動だと思いますが、そのメンタリティーを理解するのに最適の本は、日本の敗戦を分析した『失敗の本質』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎の共著)ですね。日本は個別最適では成功したが、全体最適で失敗した。スポーツでも、個々の選手とコーチの師弟関係はまさに職人の世界ですが、データを基にした戦略が圧倒的に弱い。デジタル的なものを取り入れようとしないことと戦略で負けることはセットですね。

これ、日本のスポーツの本質をついている。プロスポーツのトップは、この段階を脱しつつあるが、特に「部活」は、このレベルにとどまっている。データに弱く、デジタル的なものを取り入れないのは、指導者にその資質が決定的に書けているからだ。だから、個別最適で成功し、全体最適で失敗するのだ。

「ロジックじゃない」と言う監督が多いという話をしましたが、彼らが言いたいのは「らしさの継承」だと思うのです。文化の継承と言い換えてもいい。

これも「部活」のコアな部分だ。部活は「らしさ」を重視する。高野連は二言目には「高校生らしさ」を主張するが、これも高校野球の「文化の継承」を意図しているからだろう。


スポーツでは、選手が自分で考えているかどうかは失敗した時にわかるといいます。選手同士が顔を見合わせるチームは自分で考えている。監督の顔を見るチームは考えていない。

鋭い意見だ。高校野球でも、ベンチの方ばかり見るチームが多いが、そういう傾向を示しているのだろう。

為末のこういう資質はどうして培われたのか?

私の場合、陸上を始めた時から日本の体育会的なシステムと遠い場所に居られたことが大きいかなと思います。中学の顧問の先生が教育を専攻していて、部活の最初に座学から仕込まれました。もう1つ、陸上選手が普段どんな人と話すかというと、95%は同じ競技の人だと思いますが、私は3割くらいは別の世界の人と話すようにしていました。

こういうことが大事なのだな。穴を掘ってそのなかで居すくまっているような今の指導者に足りないのは「学ぶ」ことと「他の視点を取り入れる」ことだというのがよくわかる。

これ、アクセンチュアがスポンサーになっているそうで、そっちの話は私には興味がわかないが、為末のことばだけ追っていこうと思う。

IMG_6341



2017年井納翔一、全登板成績


私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!