日本の「二刀流」の成績をいろいろ見ていこう。まずは「打撃の良い投手」の代表、金田正一。

1950年、2リーグ分立の年に享栄商業を中退して16歳で国鉄スワローズに入団。

Masaichi-Kaneda


1年目は奪三振と与四球が拮抗する荒れ球投手だったが、翌年には20勝、以後、スワローズの圧倒的なエースとして君臨する。

先発完投は当たり前、その合間には救援投手としても活躍。当然、打席も増えたが、打者としても並みではなかった。

1951年から64年までずっと100打席以上、3割は一度もなかったが、61年を除いて毎年本塁打を打った。1950年10月6日、西日本パイレーツの緒方俊明から第1号本塁打を言ったが、このとき17歳2か月。史上最年少本塁打だった。

金田は打率を残すことは考えていなかったはずだ。常に本塁打、殊勲打を狙っていた。投手として36本塁打、代打で2本塁打。

私は以前、本で金田正一が打者だったらというのを書いたことがある。そのデータものっけておく。

Kaneda-Tarareba







2017年加賀繁、全登板成績



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