NPBで最高の二刀流は、間違いなく野口二郎だ。これほど見事な成績は、MLBにもない。



中京商、法政大を中退して東京セネタースへ。

投打の成績

J-Noguchi


のち、有馬記念の名前のもとになる有馬頼寧がオーナーの東京セネタースに入団。巨人や阪神に比べて弱小のセネタースでは、野口はいきなりエース。打順は当初7番だったが、5月には4番になる。

セネタースは名前を度々変え、1941年には金鯱軍と合併して大洋となるが、野口は応召するまでエースで中心打者。1942年には史上2位の40勝を記録している。

戦後復員すると阪急に入団。
「灰色の球団」でも、二刀流で活躍する。ヨネカジが登場するまでのエースであるとともに、中心打者として活躍。
阪急では兄の野口明ともチームメイトになった。野口明も二刀流の選手だ。野手としては明は捕手であり、二郎とバッテリーを組んだ。

200勝投手となり、打者としても830安打を打って引退。こういう選手は日米を探してもいないだろう。

引退後は同年生まれ(学年では野口が上)の西本幸雄の片腕として阪急、近鉄でコーチ。
地味な人であったが殿堂入りしている。


2017年加賀繁、全登板成績



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