私は生まれてから一瞬たりとも巨人ファンだったことはないし。阪神ファンだったこともない。
野球にはまりかけたのは小学校のときだが、教室で隣の席に座っていた野村君が野村克也のファンだったので、私も応援するようになった。
とはいっても、昭和40年代に南海の試合などほとんどテレビで流れなかったから。翌日の新聞で成績を見て、打率の表を見る程度だった。

テレビでは巨人戦しかやっていなかった。私の親父は中日のファンだったから、巨人-中日戦では中日を応援した。そのうちに、巨人の対戦相手を応援するようになった。V9の時代、巨人は面白いチームではなかったのだ。
打席でせわしなく動く長嶋茂雄と、ルーティンワークを繰り返す王貞治は、人気があったが。私が見始めた頃は長嶋は普通の選手になっていた。大鵬-柏戸の柏戸みたいな感じだった。長嶋の偉大さを思い知るのは、引退試合前後の大反響のときになってだ。

巨人がはっきり嫌いになったのは「江川事件」のときだ。誰が見ても正当性がない「空白の1日」を主張する巨人と、それを「職業選択の自由」で擁護する讀賣新聞を心底憎いと思った。スポーツの「生命」とも言うべき公平性、中立性が危機に瀕していると思った。最近の日本の政治に対しても、同じような感情を覚えているが。

IMG_5896


70年代半ば、高校生になってからは大阪球場や日生球場でパ・リーグの野球を見るようになった。今の独立リーグくらいしかお客が入っていなかったが、のんびりしていいものだった。球場で他球場の経過が発表されたが「阪神が勝っている」とアナウンスされると、球場内が大きくわいた。その試合で一番大きな歓声が沸くことがあった。パの球場に来ている人は「ほんまは阪神が応援したいのだが、チケットが取れないから南海、阪急、近鉄を応援している」のではないかと憎らしく思った。私が通った大阪の高校は阪神の選手を輩出していたこともあり、あらかた阪神ファンだった。私はマイノリティだったが別に気にしていなかった。

阪神がはっきり嫌いになったのは、1985年の優勝のときだ。あほなファンが我が物顔で巷を闊歩し、乱暴狼藉を働いた。私は大阪の近郊都市に住んでいたが、その町でも車に乗ったあほが、クラクションを鳴らしながら走り回った。

その頃から「大阪人は阪神応援するのが当たり前や」という雰囲気が醸成された。そう言っている当の本人が、田舎のなまり丸出しの変な関西弁を話していたりするのだが、この手の「にわか」が夥しく湧いて出た。

巨人はその後も横紙破りを何度もした。ナベツネが権力を握り巨人を「権力誇示のおもちゃ」にしだしてから、巨人の顔つきはますます醜悪になった。
私のイメージでいえば「鼻持ちならないせこエリート」の巨人と、「ローカルなあほ集団」の阪神が野球本来の味わいを汚しているというところだった。

その後も「球界再編」や東日本大震災「清武の乱」で巨人は醜悪なふるまいを続けた。ブログを書き始めてからそれを度々批判した。阪神はそういうことはしなかったが、古臭い野球をしているし、関西では人気を背景に我が物顔にふるまっている。経営陣の野球への理解が一番浅い球団だという印象だ。

IMG_8256


以前からの読者各位は私が巨人、阪神が大嫌いなことをご存じだ。しかし両球団がきらいであることと、選手の評価は全く別だ。阪神でも、巨人でもよい選手はよいと評価したい。その時に読み方の浅い読者から「お前は巨人は嫌いだったはずじゃないか」と的外れな批判をされるのがうっとおしいので「生まれてから一瞬たりとも巨人ファンだったことはない」という但し書きを添えるようにしている。

ただ、最近の巨人は、ナベツネが90歳を過ぎてさすがに耄碌をし、変なことはしなくなった。今の経営陣は賢いとは言えないが、質が悪いとまでは思わなくなった。阪神は何も変わっていない。相変わらずではある。

最近は取材のために両球団に接触することが多いくなり、知っている人も増えたが、それでも両球団に対する印象はあまり変わらない。

そういうことである。皆の衆。




チーム得点・どこまで伸びる西武ライオンズ



私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!