わたしが正続2回「日本の常識、世界の非常識」を書いているうちに、日大アメフト部のラフプレーの事件が起こった。
日大アメフト部の選手が、関学との定期戦で、相手選手に考えられないラフプレーをしたという事件だ。試合前に監督から「相手選手をつぶせ」と指示をされていたと言われている。
また事件発覚後、日大の監督は「ことしのうちは弱いから、そうでもしないと勝てない。自分の指示である」という趣旨の発言をしたとされる。
アメフトは日本ではそれほど人気がない。マイナースポーツだと言えるが、大学のアメフトはその中では人気があり、甲子園ボウルは注目が集まる。有力校は甲子園ボウル出場を目指してしのぎを削るのだ。
だからと言って反則行為や相手の選手を負傷させる行為までして「勝ち」を求めることはスポーツではありえない。しかし日本ではそういうものも含め「勝利への執念」としてたたえられる素地がある。

昨日まで述べたように高校以下の野球でも、盗塁時の故意の空振り、わざと当たる死球、野手の走塁妨害などのラフプレーが散見される。それを「勝つために必要なこと」と肯定する指導者もいる。父兄や支持者にはそういう姿勢を肯定する人もたくさんいる。

そういう人の口癖は「勝たなければ意味がない」という言葉だ。その前に「善戦しても」「ファインプレーをしても」「フェアプレーをしても」などの言葉がつく。
まさに「勝利至上主義」とはこのことだ。
本来、スポーツは相手のあるものだ。相手と自分が「勝ったり負けたり」するものだ。そして相手がなければ成立しないから、スポーツは「相手をリスペクトする」ことが大事なのだ。
しかし日本の指導者は「自分さえよければいい」と本気で思っている。自分たちが勝つことができれば、他はどうなってもいい。あまりに強いチームが出て、他のチームが衰退したり、そのジャンルが衰退することもよくあるが、日本のチーム、指導者はそういうことにはまったく配慮しなかった。

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なぜそうなるのか?それは日本のスポーツが、スポーツ界の一員であるとともに、企業や学校などの組織の一部であることが大きい。
企業や学校はチーム、選手に環境を与え、資金援助をするが、それは「成果主義」にのっとっている。勝たなければ支援は減る。場合によっては資金を断ち切られる。
企業や学校にとっては、スポーツ界がどうなろうと知ったことではない。金に見合った成果だけが大事だ。

そういうプレッシャーによって、日本のスポーツはゆがめられる。特に学校は、少子化の中でし烈な生き残り競争をしている。学校にとって「生徒、学生集め」に繋がらないスポーツなど必要ないのだ。

日本のこうした貧相なスポーツ観を払しょくするためには、スポーツチーム、選手が経済的に自立し、企業の一員ではなく、スポーツ界の一員になる必要がある。

日大の指導者は醜悪だ。辞任は当然だ。日大アメフト部もつぶすべきだと思うが、そこに本質はない。ポイントはそこではないかと思う。




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