ある大学野球出身の元プロ選手は、学生時代、新シーズンが始まり監督からレギュラー選手が発表されるたびに「ああ、またトイレか」と思ったそうである。





レギュラーポジションを取った選手は、選から漏れた上級生にトイレに連れ込まれ、ぼこぼこに殴られるのが恒例になっていたのだ。
その元選手は「それでも、いい先輩は肩や肘、腰などは殴らなかった。顔や尻を蹴ったり殴ったりした」と言った。おぞましい話だ。
ある野球殿堂入りした大選手は、大学時代に先輩からバットで臀部を強打され続け、尻の筋肉が潰れてしまっている。だから今も正座ができないのだという。

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今はさすがにそういうことはなくなったか、というとそうとは言い切れない。今では暴力沙汰はご法度だから、あからさまなリンチの話は聞かなくなったが、それでも陰湿なパワハラは存在する。先輩が夜中にたばこや酒を下級生に買いにやらせるような「パシリ」は今でも普通に見られる。
特に新興大学でその傾向が強いが、名門、有名大学にそれがないか、というとそれも言い切れない。

指導者はそうした実態を知っている。自分もそうして育ってきたのだから。しかし、それを是正しようとはしない。上下関係があったほうが統率が利くし、上級生を味方につける方が、チーム運営はやりやすい。

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これが日本の最高学府「大学」で行われているスポーツの実態だとすると、暗澹たる気分になる。
以前にも述べたが、日本の大学には、そういう「体育会系」のキャリアだけを重ねて教授や大学の経営陣に名前を連ねている人がけっこういる。
そういう人が、文系、理系のさまざまな学問分野の研究者と同じテーブルの前に座り、大学運営について議論していたりするのだ。戦前の内閣における「軍部」みたいなイメージがある。

私は大学案内をたくさん作ってきたが、「体育会系」の教員、経営陣は、いっぱつでわかるのだ。
彼らの多くは「教育」や「学問」をあまり語らない。それよりも「自分はどの野球選手の同期だ、後輩は誰で、先輩は誰で」という話を得意げにする。まさに、自分が能力や努力ではなく、単なる人脈に乗って世渡りしてきたと言っているようなものだ。

日大アメフト部の内田監督のような「モンスター指導者」は、そうしたヒエラルキーの上に誕生した。大学野球の指導者の中にも、そういう人はたくさんいる。

「体育会系」の教員、経営陣は「学問の自由」や「民主主義」など、普通の学者が大事にする理念には全く興味がない。ひたすら学園の権力者にこびへつらい、体制維持の番兵になろうとする。

日大の内田監督もまさにそういう一人だろう。そもそも日大は、元相撲部監督で、横綱輪島の兄貴分でもあった田中英壽が理事長で、内田正人がNo.2だったのだ。日大は大きいだけでなく、さまざまな人材を輩出してきた日本を代表する私立大学だが、その実権は「体育会系」が握っていたのだ。今回の事件に対する対応が悲しいほどに稚拙だったのもそのためだったと言えよう。

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私は「そうではないスポーツ指導者」のグループを知っている。アスリートであるとともに教育者、学究者としての誠実さ、謙虚さをもっているそういう人たちは、まさに日本のスポーツの「希望」ではある。
しかし残念ながら、今の日本は「スポーツの正しい姿を追い求める人」「スポーツ改革を推進する人」よりも「体制維持派」「勝つ人、実績を残す人」を評価する傾向が強い。

「勝利至上主義」は、無批判に受け入れられる素地は、そういう形で存在する。
特定の選手が勝っても、チームや日本の国が勝っても、日本のスポーツがみんな潤うわけではない。「勝利至上主義」の愚かさに日本人は気が付くべきだ。
スポーツの豊かさを多くの人は分かち合える社会にするために、日々頑張っている人に脚光が当たってほしいと思う。



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