これは、日本のアマチュアスポーツの最も深刻な問題だと思う。ほとんどの日本のアマスポーツ界では、「プレイヤーズファースト」の認識が欠落している。今回の問題を含め、ほとんどの不祥事、トラブルはこのことに起因している。
人のスポーツへのかかわり方には「する」「見る」「支える」の3つがある。
「する」はすなわち競技者、選手、「見る」は観客、応援者など、「支える」は、指導者やトレーナー、マネージャーなど運営者だ。
スポーツにおける優先順位も「する」「見る」「支える」の順番だ。

つまり、競技者が一番優先される。どんな競技でも、競技者が競技をしない限り、スポーツは始まらないのだから当たり前だ。

観客、応援者がその次に来るのは、彼らが「ボランタリーの支援者」だからだ。観客、応援者は有料であれ、無料であれ、試合に来て選手やチームを応援し、試合を盛り上げる。その上で一切の見返りを求めない。サインをねだる観客はいるが、「サインをもらえないのは不当だ」と怒る観客はいない。スポーツにとって、非常に重要な存在だ。

そのあとに「支える」。指導者やトレーナー、マネージャーなど運営者がくる。彼らは競技者、選手が万全の状態で競技が行えるように、技術や戦術、鍛錬法を教え、心身のケアをし、さまざまな手配をする。有償の場合も、無償の場合もあるが、基本的に彼らは裏方であり、競技者、選手よりも優先されることはあり得ない。

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しかし日本のアマチュアスポーツ界では、指導者がもっとも尊大にふるまっている。
オリンピックなど国際大会に行く際に、大会役員や指導者がファーストクラスに乗り、選手がエコノミーなどということが平気で行われていた。

これは日本では「スポーツ」が「武道」と混同され、強固な師弟関係ができてしまうことが根底にある。「武道」は、年長者に若年者が絶対服従する「長幼の序」という儒教的な思想によって成り立っている。この「長幼の序」がスポーツ界に導入され、絶対的な師弟関係を作るようになったのだ。

「選手よりも指導者が偉い」「若者よりも年長者が偉い」という日本スポーツ界の構造によって、指導者は選手の生殺与奪権をにぎり、尊大になり、努力を怠り、あまつさえ利権をむさぼるようになった。これは日本スポーツ界の「宿痾」というべきだろう。

日大アメフト部の今回の事件でも、指導者は絶対的な上下関係を背景に、選手に「不正行為」を働くことを強要した。選手はそれが発覚すれば、選手生命の危機に瀕する。そのことを理解しながらも拒絶することができなかった。

日本でもプロスポーツはその限りではない。多くのプロスポーツではトップアスリートの年俸は指導者よりも高い。指導者は選手を使いこなすが、結果が出なければ選手よりも簡単に解任される。強固な師弟関係はない。

国際的なスポーツの世界に目を転ずれば、トップアスリートは成績不振が続くと、指導者との契約を打ち切り、他の指導者と契約する。指導者は「師」ではなく、自らの技量を高めるための「道具」だ。

日本アマスポーツ界の「師弟関係」は、世界のスポーツ界の常識に照らせば「奇習」というべきものであり、排除すべきものだ。今後のスポーツの発展には全く必要がない。
「プレイヤーズファースト」というスポーツ界のスタンダードが実現されない限り、日本スポーツ界の未来はない。

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1985年佐藤義則、全登板成績【最多勝タイトルを獲得、昭和最後の20勝投手】



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