千葉ロッテマリーンズの応援団について書いたブログに、横山健一さんのコメントをいただいた。まさに、横山さんこそ千葉ロッテ応援団の生みの親と言ってよい人だ。
横山さんは東京球場時代から東京、ロッテファンになり、それが高じて球団職員となった。千葉に移転した当初は、千葉の駅でタダ券を配っても受け取る人が少なかったという。
そこから始まって、応援団を育てていき、バレンタイン監督問題など、さまざまな問題も乗り越えてここまでやってきたということだ。

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同様の動きはパ・リーグを中心に他球団でも進展した。

この時期までに私設応援団と球団、選手、ファンとの間でトラブルが頻発。各球団は、私設応援団を球団のコントロール下に置く必要性を感じ、私設応援団を届け出制にし、応援のマナーや応援ルールを取り決めるようになる。
このようにして、私設応援団は、球団の試合中のプログラムに組み込まれるようになる。

この背景には、サポーターをクラブが指導、管理するJリーグのマネジメントが影響したと思われる。

こういう形で、日本のプロ野球では、私設応援団は一般のファンとはべつのステイタスになった。

平成に入ると、各球団は「ファンクラブ」をマーケティングの核として力を入れ始める。私設応援団とファンクラブはべつの組織だが、両組織が連動することで、球団はより効率的なマーケティングが可能になった。

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今の球場には、私設応援団、ファンクラブ会員、一般のファンの3種類の客層が詰めかけている。

私設応援団は球団の管理下で応援活動を主導する。私設応援団は、選手ごとの応援歌をはじめとするルーティンな応援で、他のファンをリードし、球場全体を一色に染め上げる。

私はプロ野球を見始めて45年になるが、昭和の昔はこういうものはなかった。応援団はいたが少数で、応援ももっと単純だった。応援団の中には選手と個人的に親しい人もいた。
昔の巨人の応援団長が、自分の息子の結婚式に巨人の選手を呼んで顰蹙を買ったことがあったが、当時の応援団は「谷町」に近かった。裏社会とのつながりも普通にあった。

その頃は応援団は「道楽」であり、あまりまともな人がやるものではなかった。

私が応援団に批判的なのは、そういう一面を見てきたからだ。最近も中日ドラゴンズと中日新聞記者、暴力団との交際が発覚しているが、基本的に現在の私設応援団は、きわめて健全であり、チームだけでなく球団経営そのものの応援団でもある。
また、一般の野球ファンの中には、選手、試合だけでなく、応援団の応援風景を見るのを楽しみにしている人も多いように思える。

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今のプロ野球の経営は応援団無くしては考えられない。今の観客動員は、私設応援団による部分が大きい。

その意味では功績は多大だ。しかし私は「応援団」は、「野球離れ」を食い止めることができないと思う。むしろ助長する可能性があると思う。

kouryusen



1985年佐藤義則、全登板成績【最多勝タイトルを獲得、昭和最後の20勝投手】



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