応援団の観戦スタイルが「良いか、悪いか」は全く問題視していない。個人的には好悪の感情があり、応援団は嫌いだが、それでも野球界に多大な貢献をしているのであれば、我慢しようという気持ちがある。

野球が日本のナショナルパスタイムとして、圧倒的な注目度を集めているのは、プロ野球によるところが大きい。プロ野球は、約半年にわたって858試合もの試合興行を行い、他に比較するものがない2500万人もの観客を集めているのだ。

それによって、プロ野球選手は数億円もの年俸を得ている。観客動員と経済規模が、プロ野球のステイタスを引き上げている。さらに言えばそれほどのステイタスがあるから、多くのアマチュア選手、独立リーグの選手が、「プロ野球選手を目指す」ことを最終目標にしている。

またメディアがサッカーよりもプロ野球の報道に多く時間を割くのも、圧倒的な観客動員があり、経済規模もスポーツでは最大だからだ。

IMG_9401


かつてもプロ野球のステイタスは極めて高かったが、その源泉は観客動員ではなく、テレビの視聴率だった。今世紀に入って、コンテンツの多様化もあって、プロ野球中継は「オワコン」化したが、入れ替わる形で球場に観客が詰めかけるようになった。そして球団は、この観客に効果的なマーケティングを仕掛けることで、球団経営を健全化させた。

この圧倒的な観客動員のコアに「私設応援団」があることを考えれば、彼らを否定することはできない。多少うるさくとも、野球観戦に集中できなくとも、彼らは野球のステイタスを押し上げるうえで、重要な役割を果たしているのだ。言い換えれば、彼らの球団へのロイヤリティが、プロ野球、野球の「ステイタスの源泉」になっている。

IMG_9083


問題は、こういうスタイルの「観客動員」がいつまで続くのかということだ。何度も指摘しているように、市場の基盤が弱い球団は「マーケティング疲れ」を起こしている。新たな顧客の掘り起こしや、ヘビーユーザーの開発ができなくなっている。
仮に、球場が50%しか埋まらなくなっても、今の応援団はそのまま残存し続けるのか。

ポイントは、私設応援団が「ボランタリー」だということだ。彼らはCPBL、KBOの応援団のように、球団から金はもらっていない。手弁当で、完全な持ち出しで「頼まれもしないのに」応援をしている。彼らの報酬は、精神的な満足しかない。
「俺たちが、球団の応援をリードしている」「選手、球団も俺たちを特別視している、感謝している」「一般の観客とは違う特別の存在だ」という認識がモチベーションとなって、彼らは球場へと足を運ぶ。金銭的な見返りは一切なく、時間や金を使って、彼らは「応援」に血道を上げる。

しかしこの関係は「永続的」なものなのだろうか。ずっとこういうスタイルの「応援」が、プロ野球ではメインになり続けるのだろうか。
日本社会には、近代以後、さまざまな「ブーム」があった。「ブーム」は、その最中には、日本中を席巻するような勢いだが、ひとたび醒めると、跡形もなくなるものである。

今の「私設応援団」がリードする観戦スタイルが、永続的にプロ野球に根付くのなら、とりあえず日本の野球界は安泰だが、これが一過性のブームだとすると、野球界は滝つぼに落ちるように衰退する可能性がある。

私が応援団ではない、普通の「野球ファン」を育成すべきだというのは、こうした危惧からだ。恐ろしいことに、小学生以下のレベルでは「野球を全く知らない」子供が増えている。彼らの多くはサッカーへと流れている。

「私設応援団」が霧消したときに「野球ファン」がいなければ、野球は一気にマイナースポーツ化するだろう。そういうコメントが必ず来るので「野球ファン以外の人には、どうでもいい話だ」と言っておくが、野球界にとっては大きな問題なのだ。

kouryusen


IMG_8710



1985年佐藤義則、全登板成績【最多勝タイトルを獲得、昭和最後の20勝投手】



私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!