プロ野球の「私設応援団」は、Jリーグの「サポーター」と同じであり、プロ野球もJリーグと同様「サポーター」を中心とした観客動員、マーケティングへと変わっていくのではないか、というご意見をいただいた。私はわりと複雑な気持ちだ。
Jリーグ創設の時に、川淵三郎キャプテンをはじめとする幹部たちは、博報堂に依頼をして、様々なネーミングをさせた。気にしていたのは「野球と同じ言葉を使わない」ということだ。
グランドではなくピッチ、コミッショナーではなくチェアマン、そしてファンではなくサポーター。

それは「同じものを別の言葉に言い換える」という意味合いが強かったが、Jリーグが発足してみると、ネーミングを変えたことで、中身もかなり異なることになったのだ。

IMG_7269


ピッチには「フィールドの芝生の部分」というニュアンスがあると言われる。これによってサッカーフィールドは「芝生が原則」ということになった。1996年に制定された「Jリーグ百年構想」にある「あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。」と「ピッチ」という言葉は関連性があると思う、

コミッショナーではなくチェアマンにしたことで、プロ野球のコミッショナーのように「最高権力者」でありながら実態は「お飾りのトップ」ではなく、組織のトップ、実権者として、強い権力を行使するようになった。

そして「熱狂」を意味するファンではなく「支持者」「支援者」を意味するサポーターを使ったことで、お金を払って身に来る観客は、単なる「お客さん」ではなく、チームを支え、盛り立てる「身内」になった。私は観客はすべからくその競技のステークホルダーだと思っているが、サポーターは、クラブや選手と「利害を共有している」との思いがより強くなった。

このことは非常に大きい意味を持っていた。以後、Jリーグのクラブはサポーターに経営状態などもすべて情報開示するようになった。クラブの指導者が変わるなど、大きな変更があるときもサポーターに向けたメッセージを出すようになった。Jリーグが大きな機構改革を行ったときには、サポーター向けに書籍まで出している。
Jリーグ各クラブにとって、サポーターは「身内」であり、志を共有する仲間になっているのだ。

NPBの私設応援団も似た部分を持っている。球団は応援団と連絡をとり、応援の仕方などの取り決めを事前に行っている。応援団のメンバーは事前登録になっている。応援するエリアも決め、チケットなども別枠で手配している。
しかし、それは球団が、何かとトラブルの火種になる「応援」という行為を管理したいがために行っているのであって、球団が「私設応援団」を「身内」と認定したわけではない。
千葉ロッテではバレンタイン監督の進退をめぐって、球団と応援団が激しく対立したことがあるが、球団は応援団、ファンが球団の人事に口を出すことを拒んだ。そういう前例ができることを恐れたのだ。

NPBにおける「私設応援団」と、Jリーグにおける「サポーター」は、似て非なるものだと思う。NPBの「応援団」はどこまでいっても「上得意様」の域を出ない。お金を払って、応援をしてもらって、満足して帰ってもらうだけだ。しかしJの「サポーター」は、「一緒にクラブの未来を考える」仲間だ。サポーターの中にもその自覚がある。だからサポーターが差別発言などをすると、クラブが責任を感じ、そのサポーターを排除するなどの措置をとる。NPBでも馬鹿な中日のファンが広島に「原爆云々」のヤジを飛ばしたが、球団は「おいたはいけませんよ」と生ぬるい注意を与えたにとどまった。

私は野球の発展のためには、サッカー界の取り組みを学ぶべきだと思っている。公平性、公共性、そしてビジネスとしての先見性で、サッカーと野球では大きな差がある。極論すれば、野球界に優秀な人材がいないのであれば、野球界はサッカーと経営統合して、経営をゆだねてもいいとは思っている。

しかし「サポーター」に関しては、かなりしんどいものを感じている。こういうやり方が本当に正しいのか、強い疑問を持っている。
サッカーと野球の「文化」「歴史」の違いもあるだろうが、野球の「ファン」が「サポーター」になることに、かなりの抵抗感がある。

IMG_9024




1985年佐藤義則、全登板成績【最多勝タイトルを獲得、昭和最後の20勝投手】



私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!