日曜の朝の定期便で、張本勲は大谷翔平のDL入りについて変わり映えのしないことを言った。




日刊スポーツ

司会の関口宏が「どうしたらいいか」と聞くと「何回も言うけど走り込んでないから」といつものように走り込みの重要性を説いた。「ピッチャーは足で投げるから。足で始動して、手は後からついてくることですから。大投手はみな同じことを言いますよ。一番苦しい、一番嫌な、一番大事なことをやらなきゃねえ。スポーツ選手は成功しませんよ」

金田正一が「投手は走らないとダメ」と言ってから、日本の年寄り野球人は、馬鹿の一つ覚えで「走れ、走れ」というわけだ。

昭和中期、日本のプロ野球は昔ながらの練習法しかなかった。投手と言えば柔軟体操、キャッチボール、投げ込み。たくさんボールを投げれば、強いボールを投げられるようになり、制球も付く。
投手は故障のリスクを顧みることもなく、投げさせられたのだ。

そんな時代に金田は練習に走り込みを取り入れた。それは確かに画期的だった。全体練習が終われば、あとは飲みに行くか麻雀、夜は大酒を飲んでいた当時の野球選手の中で、金田は全体練習の前後に柔軟体操や走り込みを取り入れ、食べ物にも気を付け、自己管理を徹底させた。

この金田のやり方は、金田が巨人に移籍してから巨人にも広がった。また広岡達朗など巨人出身の指導者を経てNPB全体に広がった。

確かに金田正一は、日本プロ野球のトレーニング法を確立したパイオニアではあろう。しかし金田がプロを引退したのは1969年だ。以後、半世紀近くもたっている。
この間に、プロ野球を取り巻く環境は激変した。

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今のNPBの練習は、選手の年齢や特性、ポジション、体の状態などに合わせて細かくプログラミングされている。チームトレーナーやトレーニングコーチがついて、一人一人のメニューを決めている。
それはキャンプでのきめ細かな練習メニューを見れば明らかだ。
さらに大谷翔平などの有名選手には、医師や専属トレーナーがついて、全体練習とは別の個別の練習メニューも組んでいる。
昭和の時代とは次元が違うトレーニング法が確立されているのだ。

大谷など今の時代のトップアスリートに「走れ走れ」というのは、T型フォードしか乗ったことのないドライバーが、F1パイロットに得意げにドライビングをアドバイスするようなものだ。

大谷翔平のような故障者を出さないためには、いまだ昭和の時代のままに、馬鹿な投げ込みを強いる高校野球の指導法を改めるしかない。どんなに走り込んだって、肩や肘は強くならない。
昨日も言ったが、甲子園の過密なスケジュールと、それに対応した「投手の促成栽培」を根絶しなければ、大谷の悲劇は何度でも繰り返されるだろう。


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