阪急阪神ホールディングス株主総会でのこの発言、本当に厭らしい。
「孫から阪神電車の特急の色が何で巨人の(オレンジ)色をしているのかと聞かれ、答えられなかった」そこそこの爺だろうが、孫を引き合いに出すなど、いやらしすぎる。こういう関西人がいるのが恥ずかしい。

今、関西には「阪神ファンなら許される」という厚かましさが蔓延している。
「関西人なら阪神ファンやろが」という同調圧をそこらじゅうで振りまいて、それこそが「関西人らしさや」と鼻の穴を拡げる輩がたくさんいるのだ。

そういうろくでもない輩を増長させているのが、関西の民放だ。朝日放送、毎日放送、関西テレビ、そして讀賣テレビまでもが、ニュースのスポーツは阪神一色。

讀賣の「す・またん」では、関東出身の辛坊治郎と森たけしが、阪神が勝てば大騒ぎするのだ。私は辛坊治郎の親安倍が近頃露骨になってたきたので、朝、このチャンネルを選ばなくなっているが、阪神を手放しで応援する様は、まさに強きになびく権力の犬を思わせる。

JOBKも含め、関西のテレビ局は、報道の姿勢がそもそも「阪神が勝ちました、よかったですね」「負けました、残念ですね」から入っている。ときどきオリックスもお添えもんのように取り上げるが、その熱意たるや十分の一ほどだ。

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確かに昔から関西は阪神一色ではあった。しかし、昔と今と大きく違うのは「球団や監督、選手を非難しない」点だ。
昭和の時代、弱い阪神をファンはぼろくそにののしった。
月亭八方は「竹之内、ようやめてくれた。お前が阪神に来てよかったことは、はよやめてくれたことだけや」といい、先代桂春蝶は「弱い阪神を応援してるから太られへん」と言った。
監督も「よっさん、ベンチで寝てもてるんと違うか」「ブレイザー、お前の英語はわからんわ」とぼろくそだった。そんな空気の中、江本孟紀の「ベンチがアホやから」が出たわけだ。その時の監督は中西太だった。
弱い阪神を応援している不条理、理不尽が芸になっていた。そして「阪神ファン」という言葉は、一種のアイロニーがまとわりついていたものだ。私はその頃から阪神が大嫌いだったが、昔の阪神ファンは都会的で、一種渋い魅力があったのは事実だ。

今の関西民放は負けた日は「惜しい!」「残念!」「明日頑張ろう」、勝った日は「やったー!」「優勝や!」だけである。

昔の「勝っても勝ち方が気に入らん」とか「あの選手を使わん監督はあほや」と言った、斜めからの視点、自分だけの穿った見方がメディアから全く姿を消しているのだ。

その結果、一部のあほなファンは、電車のカラーリングにまで文句をつけている。
「やかまし!電車には阪神ファンだけが乗ってるわけやあれへんわ。お前らなんぼほど増長しくさってけつかるねん」と言いたくなる。
勝ったからと言って頭の中で提灯行列するような単純なファンが増えたおかげで、阪神ファンは昔に比べてはるかに品下った。

スタジアムには連日観客が詰めかけている。大騒ぎをしているが「野球を見る目」は少しも深まらない。
そして「手放しの翼賛」が横行しているのである。大阪は太閤はんの昔から大都会だったはずだ。ファンも球団もいつのまにこんなに田舎臭くなったのか!

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