西野ジャパンの「消極的プレー」「ボール回し」は、制度上の欠陥によって生じたといえなくもない。しかし、西野ジャパンがとった作戦は、ベストの選択と言えるのか。スポーツとして真っ当であると言い切れるのか。
もう一度フェアプレーの定義(の一つ)を出す。
・正々堂々としたプレー態度
・全力を尽くす
・相手選手、審判へのリスペクト
・勝利に対する忠実


西野ジャパンのプレーは、4つのすべての定義に対して疑問が残る。しかし、グループリーグ勝ち抜けのために、そういう戦術を取った。

その代償は大きいものになるかもしれない。フェアプレー精神にあふれ、クリーンなイメージだった日本の評価が変化する可能性はあろう。また、次戦で惨敗すれば「あんなみっともない試合をしたからだ」と言われるだろう。日本はベルギー戦で「立派なサッカーチーム」であることを証明しなければならない。

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それはそれとして、西野ジャパンは、なぜポーランドと最後まで戦わなかったのか、その選択肢はなかったのか、という疑問も残る。
他の国ならば、これ以外の戦術を取った可能性は大いにあるだろう。「あのボール回し」は、鉄板の安全策ではなかった。セネガル-コロンビア戦の試合が動けば、水の泡になる可能性があった。ポーランドが阿吽の呼吸で「ボール回し」に応じず、カウンター攻撃に出れば失点する恐れがあった。
そうしたリスクを考えれば、引き分けを目指して点を取りに行く選択肢も、悪手とは言えなかった。

日本は「結果を得ること」に拘泥して、敢闘精神を閑却した。そのことによって「クリーンなサッカー」という日本のイメージを毀損したのだ。

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日本人は「結果を得るためになりふり構わないこと」を肯定することが多い。「勝つためにどんなことでもする」姿勢を、ほめたたえることが多い。それがスポーツマンシップやフェアプレーの精神に反していても「勝てばよい」と思う人が多い。

特に野球では、世界の野球界の常識から大きく逸脱した戦術も横行している。「捕球の際にミットを動かす」「投手のサインを盗む」「大差でもバントや盗塁をする」などは、日本だけの「やり方」だ。少年野球の指導者は海外のチームから「お前のチームは強いが、だれもお前の野球をまねするものはいない」と言われることもあるという。
野球だけでなく、他のスポーツも同じような傾向にある。それは端的に言えば「勝利至上主義」ということになるだろう。

日本のサッカーはJリーグ発足以降、野球をはじめとする従来の日本のスポーツの在り方に疑問を呈し、これを反面教師として改革を進めてきた。過度な勝利至上主義を排除し、プレイヤーファーストを重視してきた。

国際サッカーの舞台でも、ジャパンは反則が少なく、フェアプレーにのっとったチームと言う評価を得ていた。そういう正しい姿勢で、チームを強化してきた。
そのイメージが大きく毀損したことを重く受け止めるべきだろう。

日刊スポーツ
私に2つの思いが交差するように、どれが正しかったかの結論を出すのは難しい。しかしこれだけははっきり言える。2期目に突入した日本協会・田嶋幸三会長のマニフェストには「育成日本復活」の言葉がある。田嶋会長は、ポーランド戦を良しとするなら「育成日本復活」は、目標項目から外してもらいたい。代わりに「勝利至上主義」という言葉に入れ替えるべきだろうと、思う。サッカーを通じて、厳しい競争社会を生き抜く子供を育てることも悪くない。【盧載鎭】

朝日新聞
「規範」守らぬ西野監督 世界のサッカーを敵に回した



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