このところのスポーツに関連する事件は、「日本のスポーツに果たして"スポーツマンシップ"があるのか」という重い問いかけへとつながっている。

日大アメフト部の事件は「相手チームを弱体化するために試合中に選手に暴力をふるうこと」そしてその行為が「指導者によって選手に強制されたこと」が問題になった。この事件は、日本大学側が逃げ回ったために、日大のスポーツの体質や、大学そのものの経営の姿勢までが問われる事件になっている。

西野ジャパンのポーランド戦のボール回しは「グループリーグ勝ち抜けのために、積極的に目先の勝利を負わなかったこと」が議論の的となった。ワールドカップと言う大きな大会を勝ち抜くためには許されるという意見がある一方で、「面白くない試合」をしたことを非難する意見もあった。次の試合で格上のベルギーに善戦したことで、西野ジャパンへの非難の声はおさまったが、
日本サッカー協会のJFA行動規範には
1.最善の努力
どんな状況でも、勝利のため、またひとつのゴールのために、最後まで全力を尽してプレーする。

という項目がある。この規範に抵触している可能性は、大いにあると言えるだろう。

そして大阪の私立高校のハンドボールの試合では「事前にSNSで暴力行為を予告した選手が、試合で該当する選手に暴行する」事件が起こった。被害者の高校は高体連に調査を依頼したが、高体連はペナルティを課さず。加害者側高校もインターハイ出場を辞退しなかった。

さらにプロ野球で続いた「誤審」の問題もここに加えておこう。

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これらの事件から見えるのはスポーツにおいて「勝利のためにどこまでの行為が許されるのか」という規範意識の「揺れ」だ。

日本サッカー協会のフェアプレーの項目には以下の条文が並んでいる

1ルールを正確に理解し、守る
フェアプレーの基本はルールをしっかりと知った上で、それを守ろうと努力することである。
2ルールの精神:安全・公平・喜び
ルールは、自分も他人もけがをしないで安全にプレーできること、両チーム、選手に公平であること、みんなが楽しくプレーできることを意図して作られているのである。
3レフェリーに敬意を払う
審判は両チームがルールに従って公平に競技ができるために頼んだ人である。人間である以上ミスもするだろうが、最終判断を任せた人なのだから、審判を信頼し、その判断を尊重しなければならない。
4相手に敬意を払う
相手チームの選手は「敵」ではない。サッカーを楽しむ大切な「仲間」である。仲間にけがをさせるようなプレーは絶対にしてはならないことである。


こうした「フェアプレー」を厳密に守る前提で「勝利を追求するために最善の努力をする」ことが求められる。

ここで上げた事例は、すべて「ルール上は問題がない」あるいは「問題があったとしてもそれを断定する確証がない」が、フェアプレーの精神に照らせば「大いに問題がある」といえる。

スポーツにおいては、あらゆるルールや憲章のさらに上位に「フェアプレーの精神」がある。あまりにも当たり前のことなので、等閑視されがちだ。また、日本では「フェアプレーは生ぬるい」という認識もある。
しかし、そういう日本の「スポーツ観」は、世界では尊敬されないし、通用しなくなる。甲子園の高校野球も含めて「フェアプレー」の観点から考え直すべき時が来ていると言えるだろう。

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2012~14年中後悠平、全登板成績



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