「千葉ロッテらしい選手」サブローを表する言葉だ。私もそう思っていたのだが、確たる根拠はなかった。イメージで、何となく、という感じだったのだが、千葉ロッテの歴代の打者の記録をまとめていて、何となく合点がいった。
1950年に生まれた毎日、大毎、ロッテ、千葉ロッテの選手を、通算安打数の順で並べてみた。なお、合併した大映、高橋、トンボの成績は含めていない。

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ミスター毎日は榎本喜八、ミスターロッテは有藤通世だろう。ロッテは、山内一弘、落合博満という当時のリーグ最強打者をいずれもセリーグに譲り渡している。
リー兄弟、アルトマンと、長く活躍した外国人がいるのも特徴だ。
注目したいのは、ランキングに並ぶ堀幸一、福浦和也、初芝清、山崎裕之、葛城隆雄、サブロー、愛甲猛、池辺巌、得津高宏、前田益穂という面々。打席の左右やバッティングスタイルは違うが、彼らは「5、6番打者」という役どころで括ることができる。一塁手が多い。タイトルにはあまり縁はないが、常に打線にあって痛打を喰らわせる。愛甲をのぞくと、みんなおやじ顔でもっさりしていて鈍足、守備はそれほどうまくない。しかしチーム事情に合わせて打順や守備位置を変わることも厭わない。スター選手と呼ぶには渋すぎるが、貢献度の高い選手たちだ。
30傑の中にリードオフマンタイプは西村徳文、弘田澄男、小坂誠、西岡剛くらいしかいない。
なぜかくも似たような選手ばかり出てくるのかは不明だが、5ツールプレーヤーからは程遠いこうしたおやじ選手こそが、ロッテ伝統のカラーだと言えるのではないか。

関西人にとって、昔のロッテはなじみの薄い球団だった。大阪球場では、ほんの数人の応援団が、チンドン屋のように鐘、太鼓を鳴らしていた。一塁側からは、「やめ、やめ、お前らの親泣いてるぞ」などという声が飛んだ。おやじ選手は、薄暗い照明の下、良く通るヤジを浴びせかけられながら、渋い活躍をしていたのである。相手チームの遠慮のないヤジを浴びるのもこういう選手だった。古い話だが、ジョージ・アルトマンが珍しくも一塁を守ったときには「得津、顔にスミ塗ってきたんかー」というヤジが飛んだ。前田益穂は「どうせ打たれへんねんから、さっさとひっこめや」と言われていた。おやじ選手たちは、そういう声を平然と受け流して打席に立っていた。
サブローは、現役では福浦とならび、その頃のロッテのにおいを持つ打者だった(後継者は大松尚逸か?)。自己主張は下手だが、黙々と仕事をする。その質朴さが、巨人やヤクルト、横浜を差し置いて、わざわざパリーグ唯一の首都圏球団である千葉ロッテを応援しようというファンの琴線に触れているのだと思う。

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