スポーツ界の相次ぐ不祥事を見ていると、結局「日本社会」と「スポーツ」はそもそも相いれない体質を持っているのではないか、という気がしてくる。

私はF1華やかなりしときに、フットワークという会社の仕事をする会社にいた。
ミケーレ・アルボレトとアレックス・カフィがフットワークカラーのF1マシンに乗っていたころだ。

朝、フットワークのオフィスに行くと、オフィスから勤行をする声が延々と聞こえてきた。社長が信仰する宗教の経典を全社員で毎朝唱えるのだ。すくなくともフットワークという会社には信教の自由はなかった。社長には絶対服従、そして幹部社員は平社員に怒鳴るようにモノを言いつけていた。
F1のピットでは、そういう幹部社員がだらけた姿勢で座り、社長はパドックでパイロットに直接指示を出していた。チームマネージャーの影は薄かった。
社長は自分の姓の漢字を、常用漢字とは別の字にし、社員にもその字で書くように強制した。新聞などのメディアにもその字を使うように強制した。
その後、社長は不正を行って逮捕されたが、それを報じる記事は、常用漢字に戻っていた。

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日本の会社は、たとえ上場企業でもそういう会社がたくさんある。社員より社長が偉い。平社員より幹部社員が偉い。その上下関係が当たり前。日本の社会はそういう上下関係で成り立っているのだ。

今、スポーツ界では「プレイヤーズファースト」が声高に叫ばれている。
しかし「日本会社社会」ではスポーツ界の組織でいえば、選手は平社員という感覚になる。だから海外遠征のときに、選手をエコノミーに乗せて幹部がビジネスやファーストに載ることになる。選手の方が偉いというのは、会社で平社員の方が、管理職よりも偉いというのと同じくらい違和感があるのだ。
平社員を虫けらのように扱う日本の組織が、「プレイヤーズファースト」と相いれないのは当然の話なのだ。

今回の体操協会の事件も「日本会社社会」に置き換えれば、平社員が配置転換で上司が変わることを拒否した、という感じになるかと思う。だからといって平社員が実質的な経営権を握っている副社長夫妻を糾弾するなどあり得ないのだ。

欧米でも、企業など組織にはヒエラルキーは当然あるが、終身雇用ではなく雇用の流動化があるので、社員は幹部や経営者に不満があれば、すぐに会社を変わる。経営陣もそれがわかっているから、有能な社員は虫けらのようには扱わない。
そうした意識がスポーツ界にも当然のように浸透している。もちろん、日本のような理不尽な事件は海外でも起こっているが、日本のような構造的な理不尽さはないだろう。

日本のスポーツ界は「疑似的な会社組織」になっている。だから選手が平社員のように扱われる。
これを改めるには、意識変革、パラダイムシフトが必要だと思う。

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