NHK「サンデースポーツ」でこう語ったという。
「2003年の秋に監督に就任したときに、全員を集めて『何があっても、暴力をふるった時点でユニホームを脱がせるからな』ということを確認事項とした」と言明。「監督だろうが、選手だろうが、コーチだろうが、球団スタッフだろうが、そういう者が出てきた時点で一発でアウト」
落合は5年をかけてプロ野球チームから暴力を排除したという。

この話の下敷きになっているのは「プロ野球界には暴力が横行していた」という事実だ。
星野仙一は、監督時代、捕手の中村武志を日常的に殴打していたと言われている。中村を標的にして暴力をふるうことで、チームに規律を与え、ナインを掌握していったという。

落合の暴力否定の話は、星野仙一によって植え付けられたチームカラーを一掃したという風にもとることができる。

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最近も、張本勲が巨人に移籍してからチームプレーを怠って、長嶋監督からびんたをくらった話をしている。
もともと、野球界と「暴力」は切っても切れない関係だった。大学野球でも先輩は、後輩を痛めつけた。大学野球のスター選手の中には、尻をバットで殴られ続けたために臀部の筋肉が割れて正座ができなくなった選手もいる。
星野仙一も、島岡監督率いる明治大学で育った。高田繁と星野仙一は、島岡監督から殴られたことがなかったと言っているが、裏を返せば他の選手は殴られまくっていたということになる。

要するに昔の日本の野球は「暴力組織」だったのだ。「暴力」はコミュニケーション手段の一つとして重宝されてきたのだ。
日本社会も、メディアも、それを当たり前のことだと思ってきた。

社会の価値観が変化して、どこで振るわれる暴力も「犯罪行為」と認定するようになり、ようやく野球などスポーツ界の暴力も否定されるようになった。

落合博満は秋田工から東洋大に進むが、暴力を容認する体育会系の体質を嫌って大学を中退し、紆余曲折を経てプロに入っている。

彼が暴力を否定するのは、そうした背景があるのだと思うが、暴力は振るわないにしても、選手を言葉の圧力で縛る「パワハラ」は、落合のマネジメントの方法論の一つではなかったのか。大島洋平や井端弘和などとの軋轢は何度も報じられている。

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本来ならば、スポーツの世界では「暴力」も「パワハラ」もあってはならない。プレイヤーズファースト、そしてスポーツの競技性を重視するならば、指導者や幹部が、選手に圧力をかけて言うことを聞かせることは、すべて否定されるべきだ。

落合は5年かけて暴力を根絶したと言っているが、それは選手やコーチなど一人一人を納得させた上でのことなのだろうか?パワハラまがいの圧力をかけてやめさせただけではないのか。だとすれば何の意味もないと思う。

今、スポーツの世界では「暴力」や「パワハラ」を根絶しようという動きが高まっている。落合も「暴力排除論者」であるならば、そこに加わって一緒に声をあげるべきだろう。この問題でも「オレ流」なのでは、何の意味もない。


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