スポニチ
球団は引退試合は開催しない方向という。広島・鈴木清明球団本部長はこの時期に発表したのは「これだけの愛されキャラ。ナゴヤドームや神宮、東京ドームでも、最後と伝えてから見てもらった方がいい」と説明。

「引退試合」とは、昭和の時代は公式戦ではなくオフやキャンプ中、オープン戦時期などに、その選手のためだけに行われていた。
当時の規定で、一定の成績を満たした選手は「引退試合」を開いてもらえ、その収益を「退職金」代わりに受け取ることができたのだ。大相撲の「引退相撲」と同じだ。
公式戦を「引退試合」にしたのは1974年の巨人、長嶋茂雄だけだった。

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しかしその規定がなくなってからは、引退試合はあいまいなものになった。最近は公式戦を「〇〇選手引退試合」と銘打って客寄せに利用するようになった。
公式戦、スコアとして残る試合で引退する選手を打席に立たせ、涙の茶番劇を演じるのである。このためだけに一軍に昇格させることもある。私はプロ野球への冒涜、「公私混同」だと批判してきた。

新井が公式戦で「引退試合」をしないのは評価したいが、このタイミングで「引退」を表明することで、残り試合で新井が登場するたびに、グランドは一時的に「引退試合」の空気になってしまうのではないか。

MLBではデレク・ジーターやデビッド・オルティーズがシーズン初めに「今季限りで引退する」と表明し、1年間を「お別れ興行」のようにしたことがある。
これも良いこととは思えないが、1シーズンという長丁場では「引退試合」の雰囲気は薄まる。ジーターは劣えを見せたが、オルティーズは打点王を取って引退した。ご祝儀的なプレーはそれほど多くなかったようには思う。

しかし新井の場合、残り23試合となって、チームの優勝もほぼ決まる中での引退表明だ。新井が登場すれば「引退試合」の空気が漂うだろう。

お別れ興行をしたいのはわかるが、それも「公私混同」ではないのか。新井が「引退試合をしない」と決めたのなら、引退表明そのものもシーズン終了後に行った方がはるかに気持ちよかったのではないか。
お涙頂戴の「安い村芝居」を喜ぶ風潮は、今のプロ野球のエンタテインメントとしてのレベルの低さを表している。

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