好調な時の岩隈の投球は見事の一語だった。思い通りにストライクが取れたし、自在にゴロを打たせることもできた。ほれぼれするような投手だった。
もっとも記憶に残っているのは、2009年WBCの二次ラウンド、敗者復活戦のキューバ戦、岩隈は先発し、6回を無失点に抑えた。5安打されたもののグリエル、セスペデス、デスパイネらを完ぺきに抑えた。投球数はわずか69球。キューバ選手が「もうこの投手とは対戦したくない」というほどの出来だった。

キャリアSTATS

Iwakuma


堀越高校からドラフト5位で近鉄に。3年目、4年目と15勝を挙げ、エースに成長したが、2004年の「球界再編」では、オリックスへの移籍を拒否し、楽天に。このあたり、気骨を感じさせた。

新生楽天では不動のエースとして味方の援護がない中、活躍。2008年には21勝を挙げる。2013年に田中将大が24勝を挙げたが、当時はもう20勝投手は岩隈が最後ではないかと思われた。
田中将大の成長もあり、Wエースとなったが、2011年オフに海外FAでマリナーズに。

マリナーズでの評価は高くはなかった。これは岩隈が速球投手ではなく、技巧派だったからだろう。最速で93MPHくらいは出たが、140km/h台前半の速球と2シーム、スライダー、スプリッター、カーブという組み合わせは平凡に見えた。
このために、1年目は救援投手でスタートしたが、7月に先発に回ると目の覚めるような投球をしてローテの一角に座った。

翌年以降、マリナーズの大エース、フェリックス・ヘルナンデスに次ぐ存在として活躍する。

好調時の岩隈は、2シームを打者の懐に投げ込んでストライクを取った。捕手のミットに吸い付くようにボールが収まった。打者が手を出せばゴロになった。球数も少なく、安定感が抜群だった。

日本流の投球がMLBでも通用したのは、岩隈の技術の高さだろうが、それに加えて190㎝という長身。そして腕の長さも影響したと思う。

2016年頃から制球が乱れて打ち込まれることが多くなり、昨年は6試合に登板しただけ。今季はマイナー契約となり、調整していたが、リリースされた。
昨年4月には好投した試合もあったのだが。
岩隈は本来の投球だったが…4/4

肩の故障だという。杉内俊哉もそうだが、肩は肘とは違って決定的な治療法がない。難しいことだ。

ただ岩隈自身は投げられるようにはなっている。チームは球速が戻らないことで契約を結ばない決断をしたようだ。技巧派の岩隈にはそれほど問題ないようにも思えるが。

NPB復帰は古巣楽天ともいわれる。またあの芸術的な投球を見てみたいものだ。


1965年鵜狩道旺、全登板成績【6年ぶり2度目の2ケタ勝利】

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