「女三四郎」といえば、谷亮子みたいになっているが、元祖は山口香だ。ファイターのようながっちりした肉体の上に、おとなしい女の子の顔が乗っているという印象だった。

彼女はソウル五輪で銅メダルを取り、世界選手権では金メダル。引退後は指導者となり、昨年からは筑波大の教授だ。

その山口香が、月刊HANADA Plusというメディアで

なぜ体育会の「根性論」はなくならないのか

を寄稿している。発行人の花田紀凱は、週刊文春の元編集長だったが、今は気味が悪いくらいに「親安倍」で、私は蛇蝎のように嫌っているが、山口の文章は実に素晴らしい。長文ではあるが一気に読んでしまった。

山口はここで、日本のスポーツの「パワハラ体質」を徹底的に説明している。

まず、山口はスポーツ指導と子育ての類似を指摘する。スポーツ指導者も、虐待する親も「選手(我が子)のためにやった」となる。
このあたり、親子や指導者、選手が一個の人間として独立していない、日本人の体質が背景にあるのだろう。
そして「洗脳的指導」と「同調圧力」が、パワハラ化を進展させ、結果が出ると「成功体験」が、指導者、選手ともに「負の連鎖」を生む。

このあたりの説明、誠にスムースだ。昔の日本は、それを「当たり前」だと思っていたのだ。
しかし、山口は「時代が変わった」こと、そしてスポーツ界が進化していることを強調する。

この言葉が強烈だ。

いまの選手たちは、昔の選手たちよりもずっと厳しい練習をこなしています。頭も使っているし、何が効果的なのかをよく勉強してもいる。科学的な根拠や論理に基づき、練習だけでなく食事や睡眠といった生活スタイルまでを競技に捧げています。むしろそうでなければ、世界とわたり合っていけないからです。

そうなのだ。中畑清もそうだが、古い指導者は「スポーツは今も昔も変わらない」と思っている。実際は競技の内容も、指導論も、技術も激変している。古い指導者の中にはろくに勉強しない人も多いから、取り残されている人も少なくない。

ただ現代の学校スポーツは、学校のブランド化の道具になっている。わかりやすい広告塔として周囲から異常な期待を集めやすい。そして「強いものが偉い」となりがちだ。

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そんな中で、山口は意識の転換の必要性を説く。

分かりやすい例を挙げれば、「『巨人の星』から『キャプテン翼』へ」。「巨人の星」は日本人のもともとの精神に合ったアニメで、父親に殴られ、大リーグ養成ギプスを装着し、時には骨が折れても投げ続けるというど根性ものです。そこには「野球を楽しむ」という精神はなく、ひたすら耐えた先に勝利があるストーリーでした。
一方、「キャプテン翼」は、「ボールは友達」というフレーズに象徴されるように、仲間とのプレーを楽しみながら成長していく。そして練習も勝利も、すべては「自分の喜びである」との価値観が示されています。


これはわかりやすい。サッカー界が新たなスポーツへと進化する中で、野球がいつまでたっても「昭和」のままなのは、この意識の差があるからだろう。

今後のスポーツ指導の在り方をめぐる議論は、山口香のこの文章をベースにしても良いのではないか。
目配りの利いた、非常に優れた一文だった。

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