また憎まれ口を叩くが、昨今のプロ野球の「甘口」には辟易している。2000本安打をめぐる騒動もそうだし「引退試合」もそうだ。
一体いつごろから、ろくでもない成績しか残さなかった選手を「引退試合」で祝福するようになったのだろう。
昭和の時代、引退試合と言えば1974年10月14日の長嶋茂雄しか思い浮かばなかった。
長嶋は当時制度としてあった「引退試合」をせずに、公式戦で観客に別れを告げた。「わが巨人軍は永久に不滅です」の名セリフとともに。
ああいう晴れがましく、感動的な身の引き方ができるのは、長嶋茂雄だからだと思った。その実績と人気は、まさに「時代を作った」と言ってよいものだった。

1975年を最後に「引退試合」の制度はなくなったが、1980年に引退した王貞治、野村克也も、翌年の張本勲も、その後の山本浩二も落合博満も、誰も引退試合などしていない。

それが最近は、1000本安打に遠く及ばない、一軍半の選手まで一軍の公式戦によんでもらえ、満員の観客に祝福されて引退するようになった。

昨日のハマスタではゴメスこと後藤武敏の引退試合が行われた。
彼の通算成績は618試合1226打数312安打52本塁打184打点、打率.255。横浜高、法政大からドラフト自由枠で西武入り。西武時代は主軸を期待されたが、一度も規定打席に達することなく横浜へ。
ここでも代打が中心。100試合に出場したのは1年目だけ。完全なしりすぼみだ。
別に、そういう選手が現役を永らえてもかまわないし、個性的な選手だから嫌いではなかったが、なぜ引退試合なのかと思う。

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グランドで歓呼の声に応える後藤には、横浜高時代の同僚だった松坂大輔と小池正晃がかけつけた。松坂は終始涙。感動のシーンとして大きく報道されたが、横浜高校の同窓会は、どこぞのホテルの宴会場でやればいい。激しいペナントレースをしているプロ野球とは関係がない。

最近のメディアは「感動」を捏造して視聴率に代えている。24時間テレビで芸人を走らせるのがその象徴だが、お涙頂戴は金になるとばかりに、いろいろなものを「感動」に代えている。

NPBの各球団もその風潮に便乗して、安い選手の引退まで「感動」にかえている。そしてお人よしの野球ファンも「感動の涙」にむせんでいる。

「感動」のハードルが下がるということは、「モノを見る目」「評価する目」のハードルも下がるということだ。「引退試合」と聞けば涙を流し、どんな選手だろうと花束をもって手を挙げれば「感動した」という。そんなことにいちいち感動している「自分の感性の安っぽさ」に自己嫌悪を覚えるべきだろう。

本当は、世の中にはめったに「感動できる」ことなど転がってはいない。それを自分の感性を頼りに見つけて、自分一人の宝物にする。そういう心掛けがないと、今のメディアや企業のマーケティングにどんどん取り込まれていく。そして馬鹿になっていく。

人はむやみやたらに感動するものではない。
「勧進帳」ではないが「ついに泣かぬ弁慶も一期の涙殊勝なれ」だ。

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20失点以上記録チーム

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