西武時代の中島裕之は本当に輝いていた。シュアな打撃に加え、溌溂とした守備や走塁でもチームリーダーというにふさわしい存在だった。

守備は腰高で、多少難があると言われたが、勝負強い打撃もあり、総合力ではリーグを代表する遊撃手だった。
中島はMLBへの挑戦を志し2011年オフにポスティングシステムでヤンキースが応札、しかし交渉は決裂。翌年オフに海外FAでアスレチックスに入団した。

キャリアSTATS

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アスレチックスに移籍した中島は、スプリングトレーニング中に負傷、開幕後25人枠から外れ、2度と浮上することはなかった。1年目はAAAだったが、2年目にはAAに降格した。

くせのつよいビリー・ビーンGMに徹底的に嫌われたような印象がある。MLB関係者にとって、日本人内野手の守備のまずさは耐え難いもののようだが、中島もそうだったのだろう。アメリカの話は触れられたくもないはずだ。

2年間無為ですごしたのちに帰国。争奪戦の果てにオリックスに入団。登録名を裕之から宏之にしたのも縁起直しの意味があっただろう。

それからはまずまずの出来ではあるが、かつての輝きはない。守備は鈍重になり、三塁から一塁、さらにDHでの出場も多くなった。端的には打つだけの選手になりつつある。
昨日、京セラドームで見たが、体も大きくなり、一時期のオーラのようなものはなくなった。

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日刊
オリックスが中島宏之内野手(36)に、来季も選手契約を結ぶ方針を固めていることが27日、分かった。(中略)球団関係者は「体も元気だし、よく頑張ってくれている」と貢献度の高さを認めている。来月にも来季に向けた話し合いの場を持つことになる。

恐らくはあと244本に迫った2000本安打が最後の目標になるのだろう。球団との交渉の条件になるかもしれない。
しかしどうせ達成するなら再来年の早い時期に記録できるように、来季はフルで活躍してほしい。ポジションが重なる小谷野も引退したのだから。

西武はFAした選手を引き留めないが、残留していたとしても山川や源田らの台頭で、レギュラーの座は厳しかったかもしれない。

20代は晴天、30代は雨から曇天。中島の野球人生はこれから、どういう空模様になるのか。



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