北海道新聞紙上で、里崎智也と、神戸大大学院の高田義弘教授が「球数制限」について議論していた。
高校野球の球数制限
(有料記事であいすまん)


高田先生は昨年の「野球科学研究会」の主催者の一人だ。投手の動作解析が専門だが、専門家の観点から「投球過多」が投手、特に十代の子供に与える影響を丁寧に説明している。昨年もお話を聞いたが、こういう「野球を学問する」研究者が増えているのは喜ばしい。

これに対し里崎は、真っ向から反論している。

1.球数制限がされたら、自分が監督なら、1人10球以上粘らせる。
2.投手の肩肘さえ守ることができたら、感情移入できない試合になってもいいのか。
3.肩肘を守る方法は、まだ絶対的な正しい方法はない。
4.投手は上達するために、投げ込むことが必要だ。
5.夏の甲子園で球児が完全燃焼できないルールは困る
6.甲子園だけで「球数制限」しても意味がない、それ以下の少年野球も導入しないと
7.球数制限するくらいなら7イニングにすべきだ

率直に言って、投球回数と子供の肩肘の問題を医療やフィジカル面で、少しでも勉強していればこういう意見は出てこない。そういう知識が全くないままに、発言しているのがわかる。
一つ一つ検証していこう。

1.球数制限がされたら、自分が監督なら、1人10球以上粘らせる。

これは日本の指導者だけの考え方だ。「球数制限」をするのは、子供の肩肘を守るためだ。その趣旨を理解していれば、指導者はそういう作戦をとらないはずだ。相手チームもそれをすれば、ともに投手が潰れたり、いなくなったりしてしまう。
日本は「勝つためには何でもする」が、そういう野球は、海外では非常に嫌われる。本来の趣旨を無視してルールの抜け穴を見つけるような卑怯な作戦は、スポーツではない。日本の指導者は「お前たちは強いが、俺たちはお前たちの真似はしない」。日本の指導者が良く言われることだ。
前にも述べたが「待球作戦」は力量差がないとできない。現実的な手段でもないのだ。そういうことを考えるくらいなら、投げる、打つ、走るという野球の基本的な機能を鍛える方がはるかに健全だ。

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2.投手の肩肘さえ守ることができたら、感情移入できない試合になってもいいのか。

これは「それでもいい」というしかない。甲子園は高校生の部活の全国大会だ。今のように過熱することは、いろいろなひずみを生んでいる。「熱闘甲子園」のようなきちがいじみた「礼賛報道」を抑え、赤の他人の「感情移入」をセーブする必要があると思う。
お客が喜ぶから無理をさせるというのは、文字通り「残酷ショー」であり、本末転倒だ。
高校野球はたかが部活である。「投手の肩肘さえ守ることができたら」それでいいのではないか。

3.肩肘を守る方法は、まだ絶対的な正しい方法はない。

その通りだが、さまざまな見地から「投球」と「肩肘」の関係が研究されている。個人差が大きいので「何球投げれば壊れる」という線引きはできない。
ただ「若いうちに多くの球数を投げる」ことが、肩肘の故障につながる可能性が高いのは疑いの余地がない。また「登板間隔」を開けずに投げることも高いリスクがある。
「絶対的な正しい方法」がないからと言って「球数制限」をしなくても良いということにはならない。
研究者の中には、肩肘に負担がかからない投げ方ならば、今の球数制限を超えてもリスクは低いと唱える人もいるが、里崎はそれを踏まえて発言しているわけではないだろう。
「登板過多」と投手の「肩肘」の問題は、最新の情報を研究者だけでなく、指導者や選手、関係者が共有すべきだ。
関係者の話によると、大谷翔平は、今、肩、肘を含む人体の構造を解剖学的に説明した専門書を一生懸命読んでいるという。こうした謙虚さ、賢さが必要だろう。

下に続く。

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