昨日の、マラソンランナー原裕美子の記者会見は、悲惨の一言だった。そして日本スポーツの「勝利至上主義」がいかに非人道的で、卑劣であるかを世間に知らしめたと言えるだろう。
彼女は、京セラ時代に、体重を維持するため指導者から極端な食事制限を受けていた。
そのために、食事をすることに罪悪感を覚えるようになり、食べては吐く摂食障害になる。
また指導者は、買い食いをさせないため、彼女の財布を取り上げることまでした。

そういう非人道的な指導の挙句に、彼女は引退後、生活が破綻する。結婚にも失敗し、元の指導者からの詐欺にもあうなど、悲惨な境遇となる。そして万引きを繰り返す「窃盗症(クレプトマニア)」になったのだ。

「スポーツ以外何も知らない」スポーツ馬鹿の挙句に、という見方もできるだろう。検察側は、精神疾患ではなく、規範意識の欠如による犯罪と指摘した。
犯罪そのものは、彼女の責任だし、それを償うべきだとは思うが、一人の人間をここまで追い詰めたのが「スポーツ」だったことを考えると暗然とする。

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日本では、「人生のすべてをスポーツに捧げる」ことを賛美する風潮がある。そのためにプライベートや健康を犠牲にすることも許されると考える人が多い。

野球界では、反対に、体を大きくするために無理やりカロリーの高い食事を詰め込ませる指導者もいる。これがのちに深刻な健康被害につながることは、肥満集団である大相撲力士の平均寿命が、日本人の平均よりもはるかに短いことを見てもわかる。

深刻なのは、そうした極端な「食による肉体改造」が、本人の自発的な意思ではなく、指導者の強制によって行われていることだ。

指導者は選手の「今」だけでなく、将来も考えなければならない。将来深刻な健康被害や精神障害を起こすような肉体改造は、本人がやりたいといってもそれを止めるべきだ。

しかし、原裕美子のように、アスリートのその後の人生をめちゃくちゃにするような指導者はたくさんいるし、それによってすぐに結果を出す指導者は、日本では「優秀」だとされている。

なぜか、新聞メディアは原の犯罪が、京セラ時代の指導者の食事制限に端を発することにあまり触れていない。当時の監督の大森国男が、埼玉栄などで多くのアスリートを指導した名将だからか?

例によって、日本スポーツの問題を鋭く指摘することに、腰が引けている感があるが、今後は、こうした非人道的な「スポーツ指導」は、否定されていくだろう。当たり前の話である。

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