当年取って96歳。この年代になると、ほぼ戦後派ということになる。

70人いる。

1923


真田重蔵は、海草中から戦前、朝日軍に入り、1950年に39勝を挙げ沢村賞。その後、阪神でプレー。1990年に殿堂入り。私が出た明星高校の監督でもあり見かけたことがある。

同い年で名将と言えば、池田高校の蔦文也の名前もある。徳島商出身。投球で投手として1年だけ投げた。

景浦賢一は、有名な景浦將の弟。同じ松山商。

平井三郎は阪急、西日本から巨人へ。名遊撃手として知られた。45歳で早世した。

小林章良は滝川中、鐘紡から朝日軍、松竹、大洋でプレーした一塁手。

懐かしいのは堀井数男だ。大阪日新商から南海へ。典型的な「5番打者」という印象。肩の強い外野手。飯田徳治などと中軸を打った。野村克也などより前の世代。
南海一筋だったが、引退後もスカウトとして長く活躍。「堀井のおっさん」だ。息子の堀井和人は明星から南海。こちらも外野手だったが守備の人。息子もスカウトになった。


広島総合・広島市民・マツダS・シーズン最多本塁打打者/1950~1986、2007~2018

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