関西の人にとって「箱根駅伝」は今一つピンとこない催しだ。近所の大学は出ていないし、箱根になじみもないからだ。

しかし、近年は甲子園に迫るような一大人気スポーツ中継になっている。視聴率も極めて高い。主催は関東学生陸上競技連盟だが、読売新聞が実質的に運営している。露骨にもスタートは読売新聞社前なのだ。

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このイベントは「甲子園」と似た部分が数多くある。
前述のように、新聞社が仕切っているのスポーツイベントである点。沿道では読売の社旗の小旗を振るファンがいる。新聞の拡販につながるかどうかは知らないが、読売新聞、日本テレビはいろいろな事業に結び付けている。

そして「箱根駅伝」は、この大会に出場することが、大学陸上選手の「最終目標」になっている点も「甲子園」に似ている。多くの長距離走者は、正月に「箱根の坂」を上ることを目指して練習を積んでいるのだ。

さらに言えば「箱根駅伝」は、多くのアスリートの将来につながっていない。このレースで活躍した選手で、オリンピックや国際的な陸上イベントで活躍した選手はほとんどいないのだ。
「駅伝」という競技が日本独自のものであり、世界の長距離レースとは異質な部分を数多く持っているうえに、駅伝のための猛練習で、回復不能な故障や健康被害を受ける選手がいるのだ。
その一方で「箱根駅伝」を走った選手は、優秀な人材として企業に引く手あまたではある。

「甲子園」が、世界の野球とは大きく異なり、過酷な環境で選手に深刻な健康被害を与えるリスクがある「残酷ショー」なのとよく似ている。

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日本人は「たった一度の大舞台」のために「全身全霊をささげる」ようなイベントが大好きだ。自分がそういう境遇になれば大変だろうが、赤の他人が苦しみながら競技をするのを見るのが大好きなのだ。日本のスポーツ好きの中は、そういう幼稚なマインドの持ち主が結構いる。そういう人は、戦前は同じ調子で他人の家の若者を戦場へと送り出したことと思う。

「箱根駅伝」にも「甲子園」にも「感動をありがとう」という低次元の主旋律が底流に流れているのだ。

今日のレースではスタート直後に大東文化大の新井康平が他の選手とぶつかって捻挫をした。捻挫はアスリートにとって深刻な障害になる可能性もある。しかし「駅伝」は連帯責任の世界であり、彼がストップしてしまえば大東文化大が勝つ可能性は完全に消えてしまう。新井は足を引きずりながら、区間を走り切った。
実況アナは
「最後の箱根駅伝です。もう走れる状態ではないかもしれない。ただ、新井が前を目指してきたその理由、首からかけた、肩にかけたこのタスキ、その思いだけです。頑張れ新井、タスキを繋いでくれ」
と絶叫し、タスキをつなぐと
「新井選手の泣き声がこの鶴見中継所にも響き渡ります」というレポートも入った。
「残酷ショー」をリアルに発信できて、うれしくて仕方がないという感じだ。

「プレイヤーズ・ファースト」の考え方で言えば、大東文化大の奈良修監督は、即座に棄権させるべきだった。指導者は選手の健康を第一に考えるべきなのだから。
それにレースの負けが決まっても個人記録は「参考」ながらまだつなぐことはできる。「勝利至上主義」が負傷した選手の背中を押したのだ。

結局、「箱根駅伝」も日本のアスリートを国際レベルに引き上げるためには「障害」でしかないのだろう。スポーツの未来を考えるならば、改革すべき対象だと思う。

しかしそういうオピニオンを発信すべき新聞社が主催者になっているので、そういう声は上がらない。その点も甲子園とよく似ているのだ。

要するに、新聞社がスポーツの改革を邪魔している。日本はそういう国なのだ。

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広島総合・広島市民・マツダS・シーズン最多本塁打打者/1950~1986、2007~2018

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