今日明らかになった日本高野連と新潟高野連の対立は、今年起こるであろう論争の幕開けだ。ここ数年、いろいろな形で起こってきた「野球改革」の動きが、ようやく体制側に認知されたといってもよい。
日本高野連は、「球数制限」などを否定してはいない。しかしドラスティックな改革はしたくないと思っている。それは体制内に守旧派的な人間がたくさんいるからだ。
そして、「球数制限」などの改革は、「甲子園」を頂点とする高校野球の興行に甚大な影響を与える。
「球数制限」が導入されれば、昨年の吉田輝星のような熱血投手は絶滅する。また、接戦で盛り上がっている最中に、エースが降板するような興趣をそぐシーンが続出する。
テレビ的にも、新聞的にも、それはよくない。絶叫したいアナウンサーや、紅涙あふれる記事を書きたい記者にとっては見せ場がなくなる。
甲子園、高校野球のファンの中からも「甲子園の伝統が損なわれた」「高校野球らしさがなくなった」という意見が続出するだろう。

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高野連はそういう異論、クレームを抑えつつ、少しずつ変えていきたいのだろうが、幹部職員にリーダーシップが乏しく、結局、声の大きいほうになびいてここまで来てしまったのだ。こういう体たらくでは改革はおぼつかない。

しかし時代は「甲子園」のアナクロニズムを否定しつつある。「野球は野蛮で古臭い」と思う人が増えてきている。「甲子園の伝統が、高校生の健康よりも大事なのか」という声が上がってきている。

早晩、改革しなければならないのであれば、野球人気がまだあるうちにやらないとだめだろう。東京オリンピックが終わって、野球人気が凋落し、高校球児が激減し始めてから改革に乗り出しても、競技者、ファンの減少に歯止めを書かけることはできない。

今年は、「球数制限」という議論に白黒つける年にすべきだ。双方が、なぜそうなのかをはっきりと提示し、主張をぶつけ合うべきだ。議論は高野連の会議室で非公開で行うのではなく、テレビやネットメディアの前で、明々白々に行うべきだ。

ポイントになるのは新聞、テレビだろう。今やこうしたメジャーなメディアは、自分の意見を主張するのではなく、世間の「声の大きいほう」になびく蝙蝠的な存在になっている。

新聞、テレビはありもしない「中立の立場」みたいな腰抜けを言うのではなく、本来のメディアの役割に立ち戻り、「今、何が起こっているのか」「どちらが正しいのか」をはっきりと社会に伝えるべきだろう。

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今朝、早くもChange.Orgで「球数制限導入」の署名が始まった。私は「ラガーさん」の一軒で、このサイトはあまりにも安直に意見を募ることができるので、あまり信用できないと思っているが、今回は、賛同者に名を連ねようと思う。

tamakazu



広島総合・広島市民・マツダS・シーズン最多本塁打打者/1950~1986、2007~2018

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