センター試験の日に、新しい挑戦を開始した86歳の三浦雄一郎。しかし彼はそれをあきらめた。
朝日新聞
三浦さんは現地時間の20日、標高約6千メートルのプラサ・コレラに滞在していた。事務所によると、同行していたチームドクターの大城和恵さん(51)が、高所の生活による影響が出ており、この標高での長時間にわたる生活で86歳の三浦さんにとって肉体的、生理的に負担がかかってきていて、これ以上、高い標高での登山活動は心不全をおこす危険があると判断。三浦さんもそれを受け入れたという。
(中略)
三浦さんは「僕自身、頂上まで行ける、という自信はありましたけど、やはり周りで見ての状況、特に大城医師の判断ということで従うことにいたしました」と事務所に伝えた。


三浦雄一郎の決断を非難する人は一人もいないだろう。彼は周到に準備をし、そのリスクも理解して冒険に出た。
しかし、最後の最後でドクターストップがかかり、これに素直に従ったのだ。彼にとってはおそらく、生涯最後の、そして冒険家人生を賭した挑戦ではあっただろうが、それを断念した。膨大な準備と、巨額の費用をかけた挑戦を、あきらめたのだ。
こういうのを「勇気」というのだ。

彼はトップアスリートであり、社会的な影響もある。その彼が野蛮なふるまいをすれば、後進にまで影響を与える。そうしたことも勘案して、彼はこの決断をしたのだろう。

昨年5月、栗城史多という登山家が遭難死した。彼は「日本人初となる世界七大陸最高峰の単独無酸素登頂に挑戦している」と喧伝していたが、彼は無謀な挑戦を繰り返した挙句に死亡した。登山家の中には、彼は実力も知識も不足していたという人もいた。
また、彼自身の派手なアピールのために自らを追い詰めて無謀な登山をしたという指摘もある。

私にはその判断はできないし、客観的な評価もできないが、三浦雄一郎の下した判断をみるとき、登山家、冒険家としての「格」の違いを感じずにはおれない。

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野球界に蔓延している「甲子園で燃え尽きたいという野球少年の気持ちを理解したい」「投げさせてやりたい」という意見の支持者は、三浦雄一郎の判断をどう思うか?
「野球は登山と違って命まで奪わないから別物だ」というかもしれないが、野球選手という生き物の「選手生命」という「命」を危険にさらしてまで投げたい、投げさせたい、という「気持ち」を、尊重するのは、果たして「スポーツ」といえるのか。そういう決断を「勇気ある決断」というのか。
遭難の恐れがある山に登りたいという登山家を「上らせる」ことと、何ら変わりがないのではないか。

スポーツには超えてはいけない一線がある。それは「プレーをすることで生命や健康が損なわれること、そのリスクを冒すこと」だ。その一線を越える選手、超えさせる指導者は、スポーツの本分から外れている。

「心身の健全性、健康の維持、発展」というスポーツの目的から逸脱した行為は「暴挙」「蛮勇」であり、スポーツではない。

三浦雄一郎の勇気ある決断から見える「スポーツの本質」をみんなで理解すべきだろう。



1981年角三男、全登板成績【ストッパーで日本一に貢献、最優秀救援投手も獲得】

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