日刊スポーツの「野球の国から」の「高校野球編」は、昭和の指導者の「暴力礼賛」であり、若い記者が書いているとは思えないほどひどい。今掲載する意味はないが、「平成野球史編」は、非常に面白い。2004年の球界再編がどんな意味を持っていたかを改めて我々に知らしめる。
近鉄のネーミングライツがナベツネに否定されてからの、球界再編の迷走を当時の人に聞いている。
近鉄の2003年当時の売上が30億円しかなかったというのには驚く。で、40億の赤字だと。
オリックスも似たようなもので、オリの宮内オーナーから近鉄に合併話がもたらされる。

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さらにロッテも身売りを考え、ダイエーから合併推進の使命を帯びて瀬戸山隆三が球団代表に引き抜かれる。

パ関係者は4球団になることで、セと合併し、1リーグ10球団になることを夢見ていた。そうなれば「巨人戦」という恩恵が受けられる。
この時点で日本ハムは北海道に移転し、ホークスも福岡でマーケティングを展開していたが、まだまだ「自分たちで生きていく」自信はなかったのだ。

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巨人はこの構想にまんざらではなかったが、セの5球団が反対する。「巨人戦放映権の分け前が減る」からだ。
ナベツネは「じゃ、巨人がパ・リーグに移籍する」と恫喝する。

ロッテとダイエーの合併はなかなか進展しなかった。ダイエーは本社が傾いていたが、合併に抵抗したのだ。そこで西武の堤オーナーが出てきてライオンズとロッテの合併を言い出す。

連載は、このあたりまで。昨日は、合併話が進まないダイエーとロッテに対し、パ・リーグの小池会長とパの残り4球団が「さっさと合併しろ」と迫った秘密文書が公開された

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こうしたやりとりでしみじみわかるのは、わずか15年前まで、プロ野球には「まともな経営者」はいなかったということだ。これだけ人気がありながら、独立採算で経営を成り立たせることができなかったし、その気力もなかったのだ。
そして彼らはファンや選手のことも考えていなかった。要するに親会社から出されて、ひたすら自分の安穏だけを望む「木っ端役人」みたいな人しかいなかったのだ。

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古田敦也率いるプロ野球選手会が、経営者に叛旗を翻してストライキを行い、翌年からプロ野球は劇的に変わった。
今では、12球団のうちパはオリックスを除く5球団、セもヤクルト、巨人、中日を除く3球団が黒字決算だという(巨人は経営を讀賣新聞に委託しているので収支が出ない、中日、ヤクルトは不明)。

このときに路傍に放り出されたことで、プロ野球はたくましく経営再建できたのだ。今や「巨人の放映権」は死後になった。
この事件は良く検証すべきだろう。連載を注目したい。


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