「出待ち」という言葉は、結構新しいと思う。最初に聞いたときは、鴨川沿いの京阪電車の駅のことかと思った。
テレビを熱心に見る習慣はないが最近のNHKは、ヲタクや「深い趣味」を掘り下げる番組が多い。「沼にハマってきいてみた」や「オイコノミア」「又吉直樹のヘウレーカ!」など、やっていれば見てしまうが「ねほりんぱほりん」はその極北だろう。

人前に顔も声もさらせないような「深みにはまった」人たちを、人形に振りをつけて本音をさらけ出さそうというものだ。
昨日は「羽生結弦で人生変わった人」だった。3人の女性が「羽生を応援する幸せ」について語る。数百万円もつぎ込んだ女性が「それでも元は取れている」的なことを言っていた。要するに、羽生は「救世主」なのだ。

IMG_1277


私にはついていけないが、それでも彼女たちは真っ当なことも言った。
「出待ち」をきっぱりと否定して

「羽生さんってアスリートなんですよ。私たちって羽生さんの人生を見させていただいてる側ってのを忘れないようにしないといけないと思うんですよね。
やっぱり羽生さんが見せるところ・見せないところってあると思うんですよね。見せないところを無理に出待ちとかして見に行ったりするのって、やっぱりマナー違反かなって」

これは正論だろう。
私たちがアスリートに惹かれるのは、彼らの本業、パフォーマンスだ。それがなければ、ファンとアスリートの接点はないはずだ。
基本的には、ファンは客席でアスリートを「見る」ことがすべてだ。声援を送るかどうかは別にして、それで完結すべきものだ。

IMG_2475


しかし今のファンは、スタジアム、リンクでのパフォーマンスを見るだけでは満足せず、選手に近づきたい、あわよくば個人的に親密になりたいという願望をもって、選手に迫るものがいる。挙句に選手に無用のストレスを与えたり、傷つけたりする者もいる。ファンの風上にも置けないと思う。

IMG_3108


2月、私は各地の春季キャンプで、たくさんの「出待ち」をみた。カバンの中にたくさん色紙を抱えている人もいた。いわゆる「転売ヤー」だろう。
試合も、練習も見ずに、通路に蟠るこの手の人間は、ファンとは言えないだろう。厚かましくも、選手に近寄り、あわよくばプライベートに闖入したいと思うのは、人間としても品性下劣だ。

排除しても良いのではないか。

IMG_2623



2018年鈴木博志、全登板成績

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!