経団連の中西宏明会長は「企業が今後終身雇用を続けていくのは難しい」といった。これは大きな発言だ。要するに昔の日本ではなくなるということなのだ。

少子高齢化が進んでいる、人手不足と言われながら、終身雇用をやめるのは、企業が「ほしいときに欲しい人材を都合よく調達し、いらなくなったら捨てる」ということだ。
欧米では当たり前のことだが、その代わり欧米には「人材の流動性」がある。私くらいの年恰好になっても、能力さえ認められれば明日からでも企業に勤めることができるが、日本では、一度正社員ではくなると、同じ働きをしてもはるかに低い報酬になるし、再度正社員になることは難しい。
50歳を超えると、職種はどんどん限定される。そして、会社に残り続ける正社員の待遇はさらに上がっていく。「階層化」がさらに進むだろう。

私は「クビ」「倒産」「退社」をそれぞれ2回ずつ経験したが、読者各位の中にも一度もそうした経験をしたことがない人もいるだろう。学校を出て入った職場にそのままいるという人も多いだろう。そうした人にとって「組織や所属が変わる」ことは、空恐ろしいことではないか。
うちの親父なども大学を出て入った会社に半世紀勤めて死んだ。

IMG_2720


日本とアメリカの社会の違いは、プロ野球を見てもわかる。昨年、広島の丸と西武の浅村がFAで移籍し、巨人の長野と内海が人的補償で他球団に移った。チームの顔ともいえる選手が移籍し、その補償で同じくチームの顔といえる選手が心ならずも移籍した。
これは「終身雇用」が当たり前の日本では「大事件」なのだ。ファンは丸や浅村は「これまで育ててもらったチームを捨てて金のために移籍するとは何事だ」と怒った。長野や内海には「こんなにチームに貢献したのに、いい選手を取るために人身御供にするとは何事だ」と球団を非難する人がいた。アメリカでは理解できない感情だろう。

今春のMLB開幕戦で、イチローはマリナーズのレジェンドとして引退したが、彼とてもマリナーズ一筋だったわけではない。そしてマリナーズの中軸のエンカ―ナシオンにしても、ディー・ゴードンにしてもよそからやってきた選手だ。「チーム生え抜きの選手」などフェリックス・ヘルナンデスなど一握りしかいない。それがアメリカの野球なのだ。

日本人の多くは「一度会社や組織に入ったら、ずっとそのままいるのが当たり前」と思っている。そうした意識が、組織の連帯感や協調性の涵養につながるだろうが、同時に「お家大事、御身大事」で、新しいことをしたがらない保守性にもつながる。

プロ野球や学生野球の改革がなかなか進まないのは幹部や指導者が「自分たちがずっと野球界にいる」そして「自分の息のかかった人間がその跡を継ぐ」と思っているからだ。
自分たちと縁もゆかりもない人間が好き勝手をする「野球の未来」などあり得ないし、想像したくもない。だからそんなことをさせまいとして、頑迷なことを言っている。と考えることもできるだろう。

「終身雇用」の終焉が「流動性の高まり」と一緒に起こるのなら、そしてその動きが野球界にもすぐに浸透するのなら、悪いことではないと思う。

IMG_2703



J.ブルーム、全本塁打一覧|本塁打大全

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!