久々の大谷の一発を何度も見ていて「やっぱり」と思った。

トミー・ジョン手術明けの一発だ。完全復活をアピールするホームランだから、うれしくないはずはない。
しかし大谷は、淡々とベースを回った。そして本塁で待ち受けるマイク・トラウトと握手をしたが、笑顔を見せることもなく、ベンチに戻り、チームメイトの控えめな祝福を受けた。

これが敵地ミネアポリスだということもあるだろう。しかしそれ以上に、MLBのアンリトゥンルール、そしてスポーツマンシップをよく理解していたから、大谷はいたって地味なパフォーマンスで、ダイヤモンドを回ったのだ。
もちろん、ベンチに入ってからははじけるような笑顔でチームメイトと喜び合うことがあってもいいが、ベンチに入る前、つまりパブリックなエリアにいる間は、感情を爆発させてはいけない。

勝負がついた瞬間に、勝者は敗者に配慮を見せなければならない。敗者に畳みかけるように勝利の喜びを見せつけることは戒めなければならない。
敗者がグッドルーザーにならなければ、勝者もグッドウィナーにはなれない。
そういう抑制が働いているのだ。もちろん、サヨナラホームランや記念のホームランの時は、そうした抑制が解除されることもあるが、それは「特別」だからだろう。そのあたりの「規範意識」は、昔も今も変わらないようだ。

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気になるのは、高校野球の「ガッツポーズ」だ。高野連は「高校生らしくない」と良い顔はしていないが、強い規制はしていない。甲子園では選手たちのガッツポーズを嫌というほど見ることになる。
この一事をもってしても、今の高校生が「スポーツマンシップ」を全く知らないことが明らかだ。指導者ももちろんそうだが、監督すべき高野連の口からも「スポーツマンシップに悖るから駄目だ」というお達しが出たことはない。知らないのだろうが、一緒になって喜ぶ観衆も含めて「レベルが低い」と言わざるを得ない。

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「ガッツポーズ」は、ホームランを打った選手を「小さい」「せこい」存在に見せる。勝負は時の運であり、投手も打者も勝ったり負けたりするものだ。
たまたま本塁打が出たからといって、派手に喜ぶのは、その好打がフロックだったかのような印象を与える。そして、打った選手もつまらない奴のように見せてしまう。

大谷翔平にとってはホームランは「日常茶飯事」であり、取り立てて騒ぐべきものでもない。だから何事もなかったかのようにベースを一周した。そのさりげなさが、たまらなく格好いいと思うのだが、いかがか?


東京球場・シーズン最多本塁打打者/1962~1972

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