まだこんなことを言っているという感じだ。
ポスト
巨人・原監督&阪神・矢野監督の「公開説教」はアリなのか?
菅野の不振に対して、原監督
攻撃陣も1点しか奪えず完敗──憤りを隠せない原監督は試合後、報道陣に対し「先頭打者に本塁打、四球、四球。リズムもへったくれもあったもんじゃないですね」と、まくし立てた。記者が質問しようとするや、「智之のことはこのぐらいでいいんじゃないですか?」と、有無を言わせぬ様子で遮った。

IMG_2406


矢野監督
「矢野監督は木浪の消極的な走塁姿勢に怒りを爆発させた。“いけるやろ”とつぶやき、次打者の糸原健斗(26)がカウント1-1になったところで、代走を起用。木浪をベンチに下げる“懲罰交代”に踏み切った。それでも怒りが収まらない矢野監督は、ベンチで木浪を叱責した」(トラ番)

IMG_9065


スポーツでの失敗やミスは必ず起こる。起こった失敗やミスに対して指導者が「なぜ、失敗するのか、ミスするのか」と叱責するのは愚の骨頂だ。
選手は、ミスや失敗をしようとしてするわけではない。うまくやろう、成功しようと思いながらも不本意な結果になるのだ。叱責されなくても、みんなダメだったことはわかっている。

ましてや、プロ野球である。多くの野球選手の中から選抜されたエリートであり、自己管理ができる選手ばかりである。失敗したことについての自覚は十分にある。
そういうエリートに対しては、指導者、指揮官は十分に配慮をする必要がある。
選手が気づいていないことをアドバイスする際にも、彼らのプライドを尊重してモノを言うべきだ。

メディアの面前で名前を挙げて叱責するなど論外だ。
スポーツマンシップでは、指導者と選手は、相互のリスペクトで成立しているとされる。一方的な従属関係は、レベルの低い、低劣な関係だ。
年齢やキャリアを超えて、互いに尊重してこそ、よいコミュニケーションは生まれるし、結果にもつながる。

日本のスポーツに決定的に欠けているものの一つに、指導者、指揮官から選手へ向けたリスペクトがある。これがないから、日本のスポーツは一方的な従属関係になる。
選手は指揮官の目を恐れ、顔いろを伺い、指揮官の気に入られようとする。あるいは、指揮官に反発し、アウトローを装う少数派も出てくる。
互いに独立した確固たる人間として、自分の責任を果たそうという意識にはならない。
だから日本のスポーツ選手は外国の選手に比べて幼稚だといわれるのだ。

週刊ポストは50代以上のおじさんの雑誌だからそういう理屈になるが、若い指導者や、選手は「公開説教」など問題外だという認識を持つべきである。


えっ!もう降板!!2|1回未満の先発投手2002~2019・球数多い順

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!