「球数制限」をしたら、投手を揃えることができる一部の強豪校はいいが、投手が1人しかいない弱小校は勝てなくなる。という理屈は耳にタコである。だからどうするのか、という答えはない。

弱小校と有力私学の格差はどんどん開いている。いい投手が1人いたくらいでは勝ち抜くことは難しい。

そもそも、日本高野連は「戦力格差」を問題視しているとは思えない。2007年、私学の特待生問題が起こったときも、これを廃止することは出来ず、
 (1)入学金、授業料の免除のみ。遠征費や寮費は対象とならない
 (2)目安は各学年5人以下
 (3)学業が一般生徒と同水準で、生活態度がほかの生徒の模範となる
場合に限り特待生を認めるとした。その後のチェックもしていないし、実質的に骨抜きになっている。

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かつての私学は多くの選手を全国から集め、これをふるいにかけていた。選から漏れた選手は退部したり、転校したりして野球を諦めたが、今の私学は少子化の中、野球部員をたくさん抱えたいので、1軍、2軍、3軍とクラス分けをして甲子園に出られない選手まで野球部員として抱え込んでいる。

戦力均衡を促すのなら、こうしたマイナークラスの選手を他校に転校させればいいのだが、日本高野連は「転校した生徒は1年間は公式戦に出られない」という規定を作っている。このために有力私学であぶれた選手は、試合に出るあてもないまま3年間、補欠で過ごすことになる。そして甲子園に学校が出れば、炎天下、アルプススタンドで大声を出しているのだ。

こういう選手を転校させてすぐにでも試合に出すことができる制度にすれば、周囲の学校の部員不足は解消するし、弱小校のレベルも上がる。しかし、それは私学の大反対にあってかなわないだろう。

私学は「試合には出ないが、学費や寮費を払ってくれる野球部員」を「お客さん」にしているのだ。彼らの親が出す学費で学校を運営し、優秀な選手の学費を免除しているのだ。今も有力選手はそれ以外のサポートを受けている。このビジネスモデルを崩さないと、格差など縮まるはずがない。

それが出来ないのなら、最初から野球部に登録できる選手数に上限を設ければ良い。
ダルビッシュが
「日本全国全ての高校の1学年での部員数を15人とか20人に制限すれば、全体的に人が散るし結果的に出場機会増えるし、戦力の差も生まれづらくなりそう」
と言っているのは、まさにこのことだ。
ダルビッシュ自身もとびっきりの「特待生」で、大阪の河内から東北高校に進んだが、彼はそのからくりを理解しているのだ。

高校野球改革が進まないのは、少子化の中、「野球部」が、私学のビジネスモデルに組み込まれていることが大きい。
要するに「大人の事情」が、「高校生の野球」を歪めているのだ。


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