柳川悠二というライターとは面識がない。ただ週刊ポストや、超マニアックな「宗教問題」など、私のコメントや記事が載るメディアに書いているな、と思っていた。いわゆるスポーツライターというよりルポライターという印象だ。

この柳川さんがWEB文春に、3回シリーズで「大船渡、佐々木朗希」について書いた。

《密着スクープ連載》大船渡佐々木 登板回避の真相「勝ちにこだわらない迷采配」が生んだ深い溝

《密着スクープ連載》大船渡佐々木の登板回避 4回戦で194球を投げさせた國保監督の「迷い」

《密着スクープ連載》大船渡佐々木は「投げたい」「みんなで甲子園に行きたい」と打ち明けていた

端的に言えば、佐々木朗希が163㎞/hを投げて一躍注目されるようになってから、大船渡國保監督が佐々木を守りながらも、大船渡を「佐々木一人のチーム」にしないために、苦心惨憺しているさまをおいかけている。

地方大会の前から佐々木の起用に腐心していた國保監督は、岩手県大会が始まると2回戦、3回戦は慎重な起用をしてきた。
しかし4回戦で佐々木に194球を投げさせた。このときに多くの関係者が大変落胆した。準々決勝は他の投手が投げたが、準決勝では佐々木が完封。そして決勝では佐々木を投げささず、ベンチにも入れないままに敗退した。
これをどう見るのか、がポイントだ。

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国保監督は佐々木を守りつつ、制約の中で甲子園を目指すという極めて難しい選択を迫られた。残念ながら、その采配はうまくいったとは思わない。194球を投げさせたことも、その後の起用も、ちぐはぐだった。後から考えればもうすこしベターな選択があったとは思う。
しかし、この苦しい状況で、國保監督は何とか初志貫徹しようともがいていたのだ。

國保監督は筑波大で学んでいる。野球指導においては、最も広汎で進んだ知識を学ぶことができる。「球数制限」など選手の健康面についても、実践を通して身に着けることができる。また他分野のアスリートからも学ぶことができる。
國保監督は佐々木朗希だけではなく「選手の健康」を守ることの意義を十分に理解し、それを選手にも諄々と説いていたはずだ。そのうえでの今回の処断だったのだ。

選手たちは、残念に思いはしただろうが、國保監督が意図したことは十分に理解していたはずだ。おのあたりは軍隊形式の他校の野球部とは全く違う。

柳川さんの記事では県大会の終盤、監督と選手が離反していたように書いているが、監督と選手は難しい局面でともに悩んでいたのだと思う。

連載3回目の大船渡佐々木は「投げたい」「みんなで甲子園に行きたい」と打ち明けていたは、私には狡猾な記事のように思う。

大船渡は「甲子園に行くだけが野球ではない。その先がある」ということを監督、選手が共有していた。そのうえでの失敗に対して選手は十分に監督の苦悩を思いやることができる聡明さがあったはずだ。
しかしそれでも18歳の子供に「甲子園に行きたかったか?」と聞けば「行きたかった」と答えてしまうだろう。

そしてその一言が「國保監督の指導、判断は間違っていた」という記事になって出ていくのだ。

尻馬にのるように智辯和歌山の高嶋前監督が
「僕なら選手の“今”をとる。あそこ(大船渡)の監督さんは“将来”をとった。それだけのことやと思うんです。しかし、選手はそれで納得しているのか。その点が引っかかります」

もちろん高嶋仁氏は、この局面で迷うことなどないだろう。
この指導者は何の迷いもなく投手を酷使し、自分や学校の栄達のために犠牲にしてきたのだ。高嶋門下でプロで成功した投手など1人もいないのだ。
そしてその酷使を「投手が投げたがるから」と責任転嫁してきたのだ。この指導者は、選手が納得しようがすまいが、自分の思うままに選手を頤使してきたにも関わらず「選手の気持ち」を口にするのだ。

大船渡、佐々木朗希の問題の背景には「投手の健康を省みず酷使してきた高校野球をどう変えていくか」という大命題が存在する。その文脈で論じることなく「甲子園に行きたかった選手」と「不可解な采配でそれをさせなかった指導者」の対立の図式で記事をまとめるのは、あまりにも浅薄だろう。

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